11時45分病棟出発。

今回は、オペ室まで行かずに、エレベーター前でお別れ。手を振る。

医療従事者専用エレベーターで歩いて手術室へ。

医療用ピッチを渡され、使い方を食堂で習う。かかってくる専門のピッチ。

玄関から出ると電波受診しない微弱電流。

食堂では、たぶん4人兄弟の兄が入院し、かなり肺にも転移しており、

もう危篤にちかいため、お見舞いに来たと思われる妹が、

田舎から(方言強い)作ってきたタッパー入りのごはんなど広げていた。

もう一人の70歳代とおぼしき姉がいて、病態を聞いて涙。

小さいころの写真持ってきたけど・・と聞こえる。

食堂をでて、下のカフェにいこうとエレベーターにのると、今度は

刺青のあるママに抱かれて寝ている、4歳ぐらいのケモで髪の毛のぬけている女の子と乗り合わせ、彼女たちは希少癌センターに入っていった。

下のカフェで、サーモンサンドとアイスティーでお昼。

カフェには、30代ぐらいのカップルがいて、

夫が受診のようで、妻は心配そうに気配りしているが、

夫は横柄な感じで妻に見えないことをいいことに、スマホで女の子の画像などみている。

今度は奥から、夫らしき人の怒鳴り声。”だからいけないんだよ。いつもやれって言ったってやらないじゃないか”・・

奥様らしきか細い声で、”そんな~”と70代ぐらいの夫婦のけんか。

乳癌克服した叔母と姪らしき組み合わせなども。

様々な人間模様に改めて、いろいろ思う。

その後、院内を見学。陰圧式の採痰ブースに感動。

医学図書のコーナーもあり、大腸がん取扱い規約の解説書みたいな本をみたり、

分子標的薬のインフォームドコンセントの本があり、わかりやすかったので、熟読。

購入検討!持参のがんマニュアルも読む。

院内の相談支援センターも見に行く。8歳ぐらいの女の子が童話を読んでいた。

栄養相談や薬剤師さんの相談ブースなどがあり、いずれも相談中だった。

ケースワーカーさんとおぼしき人と、60代ぐらいの夫婦が、

夫の父が緩和医療に移行するのに、自宅に帰るか埼玉の病院に行くかで相談していた。

体が大きいので、家で排泄が助けられない、でも数日でも家で大丈夫か、

トライして、だめなら病院が可能かなどの相談が漏れ聞こえた。

パンフレットには、がんは怖くない病気、二人に一人はがん

みたいなことが書いてあるが、怖いなあと思う。

病棟Nsに、手術時間3時間なら麻酔と覚醒1時間足して予定してくださいと

いわれていたので、一応5時から家族控室にスタンバイへ。

なかなか呼ばれず、最初家族控室に7家族いたのに、

また一人、また一人とピッチが鳴り去って行った。

夜7時5分にようやくピッチが鳴り、説明室へ。

高橋医院