アポトーシスとネクローシス
秋の紅葉の話題をご紹介したときに 紅葉後の落葉は 自己犠牲をともなう切ないもの とお話ししましたが 緑の葉が赤や黄色に色付いて やがてハラハラと落ちていく現象は 生物学的には「アポトーシス」と呼ばれます ヒトのような多細胞生物を構成する細胞の 死に方には何種類かあり そのうちのひとつが このアポトーシスです アポトーシスは 簡単に言うと細胞が自殺する死に方です 細胞が存在する環境に変化が生じ 多細胞生物にとって その細胞が存在しない方が良い状況になったとき 細胞は自らが有する カスパーゼをはじめとする酵素群の働きで 自分のDNAを切断し 自殺してしまうのです 冬眠状態に入るために 水分を節約しようとする樹木にとって 水分をたくさん消費してしまう葉は 困った存在です だから葉は そうした状況を理解して アポトーシスを起こして死んで落葉していく もちろん 葉っぱが 空気を読むのに 長けているわけではありませんし 情緒的に落葉していくわけでもありません(笑) アポトーシスは プログラムされた細胞死と呼ばれ 特定の状況になると DNA切断に至る酵素反応の引き金が挽かれます 遺伝的にプログラムされた死 なのです ヒトでは 発生過程で不要になった余分な細胞や 癌化した細胞や内部に異常を起こした細胞の除去が アポトーシスによってなされます もともとヒトには 指と指の間に魚のような水かきの細胞がありますが 発生過程でアポトーシスにより 取り除かれるのが良い例です オタマジャクシがカエルになるとき シッポがなくなるのも シッポの細胞がアポトーシスを起こすからです また ウイルスに感染した細胞の一部は アポトーシスによって除去されます アポトーシスが生命科学の分野で注目され始めたのは 書き手が留学していた1990年代のはじめで 当時ラボでもこの話題で大変盛り上がり その後数年間は さまざまな分野で アポトーシスに関する研究が大流行したのを憶えています さて アポトーシスが 「立つ鳥あとを濁さず」的な死に方だとすると それと対照的なのが 「ネクローシス」という細胞の死に方です ネクローシスは 端的に言うと 病気のときの細胞の死に方で 栄養不足 毒物 外傷などの 外的環境要因により誘導されます アポトーシスを起こした細胞は 自ら小さくなって死んで マクロファージなどの貪食細胞に取り込まれて 処理されるのに対し ネクローシスを起こした細胞は 細胞内の成分を 周りにまき散らしながら死んでいきます だから アポトーシスで死んだ細胞は 炎症を起こさず処理されますが ネクローシスで死んだ細胞のあとには 巻き散らかされた細胞内成分が原因となり 炎症が起こってしまう 死んだあとに 炎症が残るか残らないか これがアポトーシスとネクローシスの いちばんの大きな差異になります なんらかの原因により 局所で細胞のネクローシスが 持続的に起こる状態になると その場で炎症が慢性的に生じるようになり こうした慢性炎症が 動脈硬化や生活習慣病の原因になると考えられています ですから 慢性炎症が生じる機序の解明が 大きな研究課題として認識され フロントラインで研究が進められています 慢性炎症については いずれ詳しく解説します このように 細胞の死に方には アポトーシスとネクローシスという とても好対照なふたつのパターンが認められます 自らがいなくなった後に 周囲にどのような影響を及ぼすか? アポトーシスとネクローシスの この差異に気がついたとき とても驚いたのを覚えています なんだか 細胞死という単に生物学的な現象を超えた 示唆的なものがあるようにも感じられて アポトーシスやネクローシスについて考えるとき いつも妙に気になります(笑)
高橋医院