DNAのメチル化
遺伝子発現のエピジェネティクス制御は 大きく分けて *DNAのメチル化 *ヒストンの化学修飾 のふたつの機序により遂行されます 今回は DNAのメチル化 について説明します <DNAのメチル化とは?> DNAは以前にも説明したように アデニン(A) シトシン(C) グアニン(G) チミン(T) という4種類の塩基が結合してできています DNAの塩基配列でよくみられる 5'- CG -3' (CpG)配列の C(シトシン)を構成する炭素原子に DNAメチル基転移酵素(トランスフェラーゼ) という酵素の働きにより メチル基が付加される修飾反応を DNAのメチル化 と言います このDNAのメチル化は 細胞分裂でDNAが複製されるときも 受け継がれるので ヒトが生きている限り ずっと維持されます <DNAのメチル化はRNAへの転写を抑制する> DNAメチル化は とても重要な反応で 細胞の分化や癌化に深く関与します メチル化が生じたDNAでは RNAへの転写が抑制されます 下図に示されるように DNAが使えなくなるのです この転写抑制が DNAメチル化の非常に重要な生物学的意義です <高メチル化 低メチル化> ヒトのDNAに存在するCpG配列の 60~90%はメチル化されていて 転写が抑制されています このように CpG配列の多くにメチル化が生じている状態を 高メチル化と言います 一方 転写を活性化させる働きを持つプロモーター領域にある CpG配列が豊富に存在する領域(CpGアイランド)では 多くの場合メチル化を受けていません こうしたCpG配列のメチル化が少ない状態を 低メチル化と言います プロモーターがメチル化されると その遺伝子は転写されなくなってしまいますから プロモーター領域のCpGアイランドが メチル化されていないのは好都合です ちなみに 発がんを抑制するがん抑制遺伝子の一部は CpGアイランドが高度にメチル化されていることが 明らかにされており そのため がん抑制遺伝子の転写が抑制されて がん抑制タンパクが発現しない これが発がん機序のひとつと考えられています <DNAがメチル化されると転写が抑制される機序> では なぜDNAがメチル化されると 転写が抑制されるのでしょうか? そこには 直接的な機序と 間接的な機序が 関与しています @直接的な機序 DNAのRNAへの転写には 転写因子というタンパク質が関与します 転写因子は 転写が行われるDNA配列の 直前に位置するプロモーター部位に結合し この結合により 転写が促進されます 転写因子は プロモーター部位のCpG配列の Cを認識して結合しますが Cがメチル化していると 認識目標が消えてしまうので 転写因子がDNA結合できない だから転写が進まない これが直接的な機序です @間接的な機序 メチル化したDNAに 特異的に結合するタンパク質があります メチル化CpG結合ドメインタンパク質 (MBD) がその代表ですが MBDがメチル化DNAに結合すると ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC) クロマチン再構築タンパク質 などをその場に呼び寄せ DNAの周囲の構造が ぎっしり詰まっていて 転写因子が容易に近づけないような 不活性化されたクロマチン(サイレントクロマチン)を 形成させます (クロマチンについては 次回詳しく説明します) 下の図で 緑の転写因子(TF)が結合したいDNA結合部位が 赤丸で示されるようにメチル化されると 黒い菱形のMBDが結合して それに青い楕円のHDAC複合体が さらに結合して 転写因子が結合できないように ブロックしてしまうイメージです これが間接的な機序 このような機序により メチル化したDNAの転写は抑制されます ということで DNAのなかの どの遺伝子がメチル化されているかにより 遺伝子の発現パターンが異なり RNAに転写され作られるタンパク質のパターンも 異なってくる DNAのメチル化は このようにして遺伝子発現のエピジェネティクス制御に 関わります <栄養素がエピジェネテイクス制御に関与する> 注目したいことは DNAのメチル化は DNAメチル基転移酵素(トランスフェラーゼ) により生じますが この酵素は S-アデノシルメチオニン(SAM)から供給されたメチル基を DNAに付加します そして SAMの合成には アミノ酸のメチオニン・葉酸・コリン・ビタミンB12などの 栄養素が関与しています 次回に詳しく説明しますが DNAメチル化と並んで遺伝子発現のエピジェネティクス制御に関わる ヒストンの化学修飾においても *メチル化を起こすメチル基は メチオニン・葉酸・コリン・ビタミンB12などが合成に関わる SAMから メチル基転移酵素により供給され *アセチル化を起こすアセチル基は 糖や脂肪酸のアセチルCoAから アセチル化酵素により供与され *リン酸化を起こすリン酸基は エネルギー物質のATPから リン酸化化酵素により供与されます このように 栄養状態やエネルギー代謝動態が エピジェネティクス動態に 影響を及ぼすわけです 栄養状態などの後天的要因により エピジェネティクス制御が生ずるのには こうしたメカニズムによると推測されています 遺伝子発現のエピジェネティクス制御の 大きな柱の一つである DNAのメチル化 なんとなくイメージしていただくことができたでしょうか? 次回はもう一つの柱である ヒストンの化学修飾について説明します
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