プロローグ

喪中なので、新年のご挨拶はひかえさせていただきますが、

寒中お見舞い申し上げます。そして、今年もよろしくお願いいたします。

そして、皆様にたくさんの幸せが降り注ぎますように、お祈り申し上げます。

(上手にブログアップできないので、再掲載、お許しください。だんだん上手になりたい。誰か教えて~)

宏樹が逝って半年が過ぎました。宏樹の願い、“ブログを続けて”

昨年末で、ちょうど、宏樹のブログ終了。“自分は、12月までは生きられる”と思っていた節があります・・

そして、私としては、

“こんなアナログ人間にできるわけないでしょ・・ブログのおおもとの会社は、なんだか怪しいし(スミマセン)” 

だいたい私は、携帯→スマホになったのは、2021年だし!

宏樹の口癖の“ネタがない”し・・

宏樹のように毎日ブログだけをやっていればよいわけではなく、

家事に楓(ネコです)のお世話に、実家のメンテナンスに、会社に、だいたい宏樹の後片付け!!すごいし、勉強もしないといけないし、どう時間を生み出すのだ!

と文句たらたら、言い訳たらたら・・

考えました。

宏樹の闘病と私の愚痴なら、書けるかも!

それから今までの面白い経験なら、書けるかも!

さあ、2022年より、開始です。週1~2回のスロウペースで~

でも・・途中で終わったらごめんなさい。

それから、気分を悪くしたり、不快だったら、ごめんなさい。

先に謝っておきます。何より、できるかあ??

 

ちなみに、私の精神状況は・・意外に??大丈夫です。

私が悲しみに打ちひしがれているなる噂もあったらしいのですが、

それは勝手な想像からくるもの。

そのうち書きますが、10代から20代のころ、

上智大で“生と死を考える会”に参加していたこと、

エリザベス・キューブラー・ロスの“死ぬ瞬間”が愛読書だったおかげで、

冷静に死を受容できました。

そして、めちゃくちゃ仕事しながらの介護は大変だったし、

何回も現実に救命し、なんの後悔もないので、むしろ心は晴れやかです。

逆だったら(宏樹が私を看取る)、ダメだったかも??

そして、よっぽど、最初のがんの宣告と再発の告知のほうが、辛かった・・

 

さらに、義理の両親、自分の両親、夫と、ほぼ全ての面倒見て、

主治医になり、薬剤師になり、看護師になり、介護士もして、

見送って、義務を果たしてほっとしても、います。

約25年にわたる介護生活でした。長かった・・

 

このブログをみて、同じ病気の方やご家族が、

こんな経過やこの治療にはこういう意味や展開があるのだと、

一助になってくれれば幸いです。

そして、どんな状況でも、希望はあるのだと感じていただければ幸いです。

 実家にさいた水仙

高橋医院