告知後の数日
2017年3月29日(水)
毎週水曜日は、私の父の仕事を継いだ富津の某会社へ行く日。お世話になっている看護師さんが、事情を聴いて泣いてくれて、申し訳ない。優しい。今後休む可能性を伝える。いつも仮眠する電車でも一睡もできない。診療後、木更津から、東京駅行きのバスに乗る。バス待ちの時間があったので、入院グッズを木更津のダイソーで購入。東京駅から徒歩で画像センターへ行き、データを受け取る。ずっしりとした重さ。タクシーで自宅へ。
私の腕時計が止まったまま。仕事にも差し障るため、時計の修繕へ。電池ぎれと思っていたが、なんと電池はあり、たぶん電磁波で止まったのでは?と言われた。無事時計修復。それにしても、がんと聞いた瞬間の時間で時計がストップ・・背筋が凍る・・
宏樹と話をしていて、義母も大腸がんで肝臓に転移であったことを聞き、絶句。義母は、私たちの結納の直前に大下血で入院し、結納は、病院からいらしてくれて、顔だけ見て食事せずに病院に戻られたことを思い出した。その後、手術をして、完治したが、まさか肝臓にもあったことは、知らなかった。宏樹は、自分の母親が肝臓に転移していても、がんの制御ができていたことで、少し安心しているきらいがあった。
2017年3月30日(木)
夏休みなので、時間があるため、午前中、将門の首塚と神田明神にお参りに行く。神田明神で、絵馬を奉納。無事に手術ができて、一緒に老人ホームに入れるよう祈る。涙がでてとまらない。神馬がいて、神馬が狭い囲いの中にいて、なんとなくかわいそうな気になる。
お守りを宏樹に買い、某会社の外来へ。今後、急に休む可能性があるため、スタッフに相談すると、みな涙を浮かべてくれ、優しい。
夕方、宏樹に、採血しよういうと、自分で採血したと。口を使って。夕方データがでて、Hb7.腫瘍マーカーは大丈夫だったと。
明日は腸の検査。検査前の注意書きによると、夕食は、食物繊維の多いものやダメなものが多く、鳥手羽のオレンジ煮込みにする。