エピジェネティクスと治療
これまで説明してきた エピジェネティクス修飾と さまざまな病気との関連が まさに日進月歩で解明されています <エピジェネテイクス制御動態の網羅的解析> 現在主に行われている研究は EWAS(Epigenome Wide Association Study) という手法によるものです 遺伝子の1塩基変異(SNP)と 病気との関わりの研究で GWAS(Genome Wide Association Study)という手法が 用いられていることを紹介しましたが それと同じように チップを用いて DNAメチル化やヒストン修飾の動態を 全ゲノムレベルで網羅的に解析し 病気の人と健康な人を比べて どこが違うかを明らかにする試みです 何番目の染色体のどこの位置に DNAメチル化が認められるか? 何番目の染色体のどこの位置に どんなヒストン修飾が認められるか? こんな具合に 一度に全ての染色体を 網羅的に解析することができます 昔では考えられないことです では こうした解析により 何がわかってくるのか? たとえば 肥満の人に特徴的に認められる DNAメチル化パターンやヒストン修飾パターンが 明らかにされつつあります さらに 肥満の治療効果とエピジェネティクスの関連 についても研究されています それによると 治療により減量できた人とできなかった人では DNAメチル化パターンに 違いがあることがわかりました また 治療後のリバウンドの有無でも DNAメチル化パターンに違いがあります このように 肥満に特異的なエピジェネティクス動態が 明らかにされつつあります <エピジェネティクスをターゲットにした治療> 一方で エピジェネティクスをターゲットにした治療 も開発されていています エピジェネティクスは 環境因子によりDNAの発現パターンが変化する現象ですから 病気で発現しなくなっている遺伝子や発現させ 逆に発現しすぎの遺伝子の発現を抑制して 病気で偏っているエピジェネティクス動態を 元に戻してやれば 病気も発症しなくなるだろう というアイデアです 骨髄異形成症候群や悪性リンパ腫などの 血液のがんでは 実際に治療薬として実用化されているものもあります がん細胞では がん遺伝子の活性化と がん抑制遺伝子の不活性化が生じていて これらの遺伝子のオン・オフに エピジェネティクスが関与することから そこを修正すれば良いだろうという戦略です 具体的には *DNAメチル化に関わる DNAメチル基転移酵素 *ヒストン修飾に関わる ヒストンメチル基転移酵素 脱アセチル化酵素 脱メチル化酵素 などの酵素の阻害剤が 治療薬として用いられています さらに最近では 特定のがん細胞で働いている クラスおよびサブユニット特異的な ヒストン脱アセチル化酵素の阻害剤が 新たな治療薬として注目されています しかし 肥満や糖尿病などの生活習慣病では こうしたエピジェネティクス関連酵素を標的とした治療は 未だ未知の領域です 上述したように肥満や生活習慣病では 病気に特徴的なエピゲノム変化がみられますが それが 原因なのか結果なのか? 残念なことに その点が明らかにされていません ですから 病気に特異的なエピゲノムの変化は *病気を診断するときのマーカー *予後や治療反応性を推定できるマーカー としての意義はありますが 現在のところその域を出ていない まず動物実験などで *病気に特異的なエピゲノムの変化を 人為的に起こしたら病気が起こるか? *それを修復したら病気が治るか? そうしたことを明らかにしないと 病気の原因なのか結果なのかはわかりません 研究解析で得られた結果が 原因なのか結果なのかは 常に研究者の頭を悩ます問題ですが そこを明確にしていけば 新たな病気の原因 新たな治療法の開発も可能になります まだゴールは遠いですが エピゲノム研究の成果が 臨床の場で応用されることを期待したいものです
高橋医院