その曲を初めて聞いたのは
ルキノ・ビスコンティの映画 ベニスに死す

ベニスに死す のポスター
 
確か 冒頭の場面で 主人公の老作曲家が
美少年のタジオを 
ベニスの運河の上の船で見出すときに
流れていた曲だったと思います

主人公の老作曲家

若い頃 
ビスコンティのファンだった書き手は

このシーン この曲に触れて 
いたく感動したものですよ(苦笑)

この曲を作ったのは グスタフ・マーラー

グスタフ・マーラー

マーラーは好きな作曲家のひとりでしたが 
のめり込むほどでもなかった

ですから 
らららクラシックで取り上げられるまでは

この曲 
マーラーの 交響曲第5番の第4楽章・アダージェット
に秘められたエピソードを 知りませんでした

アダージェットのCDジャケット

番組の司会者の高橋さんも
言われていましたが

この曲の魅力は 

聴く者を天上界に引き込んでいくような
穏やかでありながら 
なんともいえない切ない調べ

だと思います

弦楽器とハープだけが織り成す調べの世界

聴いているうちに
恍惚とした気分になってきます


この曲 40歳を過ぎたマーラーが
人生で初めて恋をした相手のアルマに捧げた 
愛の曲だったのだそうです

知りませんでした~!

アルマ

マーラーがアルマに出会った頃
ちょうど交響曲第5番を作曲していたので
彼女への愛の証しとして 
アダージェットが書かれたとか

そんなバックグラウンドがあったのですね!

そういわれてみると
確かに交響曲5番を最初から聞いていると
アダージェットに入ると
突然 異なる調べの展開になるので
違和感を感じないわけでもありません

アルマへのラブソングであることを解説する新聞記事

でも もっともっと深いオチが
この曲にはあったのですよ

20歳も年下の
しかも作曲を学んでいたアルマと出会ったマーラーは
わずか4か月の交際を経て結婚しますが

マーラーが
最愛のアルマのために書いたこの曲には

その根底に アルマ以外の女性への思いが
おそらく無意識のうちに
込められていたというのです

その証拠に メロディーのなかに
倚音 と呼ばれる
非和声音が散りばめられていて

ところどころに
不安定な響きが生まれているというのです

たとえば冒頭のハープは
ドとラのふたつの音を分散和音で奏でますが

ドとラは ファラド という3和音から
主音 ファ を抜いた音で
大事な主音を入れないことで
調性感が曖昧となり
ミステリアスな響きが生まれているそうです

好意的な見方をすれば
不安定な響きは
その後に来る調和のとれた響きが
より美しく聴こえるために
わざと入れたものと解釈できますが

しかし 意地悪い見方をすると
マーラーの無意識の深層心理の中に
愛する女性へのアンビバレントな気持ちがあり
それが不協和音に吐露されたのかもしれない

そして 
マーラーが心底で思い浮かべていた
愛する女性は

アルマではなく ママ だった?

ママの写真

マーラーが育った家庭は複雑で
暴君の父は 病弱な母を子供たちの前で
平気で虐げながら生活していたそうで

そんな環境で育ったマーラーは
若くして亡くなった母への思いが
ことのほか強かったとか


マーラーは 愛妻アルマに 
なんとこんなことを言ったそうです

君が母のように人生に苦しんでいたなら
本当に愛することができたのに

ええーっ!

最初はマーラーを愛し
健気に尽していたアルマが
やがて若い男性との不倫に走るのも
いたしかたないかな
とも思ってしまいます


マーラーの マは 
マザコンのマ だったのでしょうか?

でも
そんな複雑な大人の世界の事情を知ったあとでも
アダージェットの調べは美しいです

むしろ
亡くなった母への思いも込められていると知り
現世の愛を超えたような 
天上界へ引き込む魅力のもとが
わかったような気がします

 ゴンドラが描かれたアダージェットのCDジャケット

きっと アルマも天上界のお母さんも
この調べを気に入っていたことでしょう

それにしても 
芸術家の心の奥は深いのですね

高橋医院