科学史家が語るパンデミック
日経のインタビューシリーズの 最後に登場するのは 日本を代表する科学史家の村上陽一郎さん 村上さんは 書き手のヒーローのひとりで 医学生の頃に彼の著作を読みふけって 大きな感銘を受けたものです トマス・クーンの「科学革命の構造」から 村上さんのことを知りましたが 彼の著作を読んだおかげで 自分の考え方を まさにパラダイムチェンジする機会が 得られました ですから 今回のパンデミックに際して ジャック・アタリ ユヴァ・ハラリらと並んで 村上さんのインタビューを企画された 日本経済新聞の担当者のセンスに 敬意を表したいと思います さて 村上さんはまず 科学史家らしく 「新型コロナウイルスは賢い」 と指摘されます 確かに このウイルスは 無症状の感染者が 知らぬ間に拡散させてしまう いやらしいウイルスです まさに 戦略的に賢い さすが村上さん お年を召されても鋭さは変わりません! そして 世界のグローバル化により 人の行動範囲は格段に広がり 移動のスピードも速くなったので ウイルスが広がるスピードがとても上がり 感染の連鎖を断ち切るのが難くなったことを 指摘されます だからこそ 治療薬やワクチンがない現状では 他人との接触を強制的に断つしか 対処法がない 哀しいことに 人がとれる対策は ペストが流行した中世とさほど変わっていない 再度 さすが村上さん 世界で現在行われているウイルス感染対策の 最重要ポイントをしっかり指摘されます インタビューアーさんが 感染症対策のために 国民の自由を制約する動きが 世界中で出ていることについて どう思われるか問われたところ 次のように答えられます 人権を尊重する社会は 危機を前にすると脆弱に見えるけれど だからといって 国家主義や全体主義の台頭は許してはいけない 民主主義 自由主義の国家は 国民ひとりひとりが 自ら良識を備え 合理的に判断して行動することを 理想としている そのことを 決して忘れてはならない そして 情報との付き合い方について 警鐘を鳴らされます 人は 危機的な状況に陥ると 陰謀論などの不確かな情報に飛びつきやすくなり さらに不安や怒りのなかで 誤ってものごとを判断し 即断してしまいがちになる ネットの世界には 真偽の不確かな情報があふれており 多くの人は何を信じていいのか 疑心暗鬼になっている だからこそ 専門家と社会の人々をつないで 正しい情報を世間に浸透させていく 科学ジャーナリズムや科学コミュニケーターの役割が より重要になる 一方で いくら情報化が進んで 対策を周知しても 全ての人たちに対策の実行を徹底させるのは難しい そして その綻びが 感染症を防ぐ上での大きな障害となる これは まさに今の日本の現状で 早期からそうした状況を予見されていたのは 再びさすがです だからこそ科学者には 社会の人々が普通の感覚で抱く疑問に対し 分かりやすく丁寧に説明する姿勢が求められる 最後に 社会にとって何が合理的なのかを 最終的に判断するのは 私たち市民であって 個人の良識や常識 健全な思考に 私たちの未来はかかっていることを 再認識すべきだ 日本は 近代の科学技術が導入された明治の頃から 実践的に役立つ技術を重視する傾向が強かったが 今こそ 真に科学的な思想と態度を身に付けるときで 自然の謎や分からないことと 真摯に向き合い問い続ける その継続によって良識は養われることを 忘れてはならない とまとめられました 最後の方は 少し格調が高すぎた感もありますが 要は あふれる情報に しっかりとしたリテラシーを持って対処することが大切 ということだと思います そう言えば村上さんは 確か駒場を去られてからこの本を出版されて 「規矩としての教養」 の大切さを説かれていました 規矩 という言葉を この本で初めて知りましたが 「教養 リベラルアーツというものは 生きていくうえでの羅針盤だよ」 というメッセージで まさに今 それが求められているのかもしれません 個人的には 久し振りに村上節に接することができて 楽しかったです
高橋医院