ワイン解説シリーズの最初にも書きましたが
ワインはいちばん簡単にできる醸造酒と言えます

醸造酒というのは
ブドウ 麦 米などを原料にしてできるお酒で
いずれも原料に由来する糖分に酵母が働きかけて
アルコールが出来てきます

*ブドウからできるのが ワイン
*麦からできるのが ビール
*米からできるのが 日本酒

しかし 同じ醸造酒でも
ビールや酒は
原料に含まれるデンプンを まず糖に分解する糖化過程が必要なのに対し
ワインは糖化過程が要りません

ビールや日本酒と異なりワインは糖化過程が要らないことを説明する図

ブドウの実には 糖がそのままの形で存在しているので
熟したブドウの実が潰れれば
そこに果皮に付着している酵母が働きかけて
ワインができてしまいます

ワインの発酵が単純なことを示す図

昔は この現象はとても不思議なものと見做されていて
「ワインは神様が造られた」ものと考えられていました

しかし それが神様の仕業ではないと解明したのが
フランスの科学者のルイ・パスツールです

ルイ・パスツール


<アルコール発酵>

19世紀にパスツールは
酵母によるアルコール発酵のメカニズムを発見しました

酵母は 低酸素状態では
糖分に作用して エタノールと二酸化炭素を生成するのです

酵母によるアルコール発酵について説明する図

この現象はアルコール発酵と名付けられましたが
アルコール発酵は
酸素を必要としない嫌気的なエネルギー産生経路で
エネルギー分子のATPを2分子得られ
酵母はこのエネルギーを利用して
さまざまな機能を発揮します

これこそが 醸造酒ができる原理なのです


一方 エタノールは酵母の働きを弱めるので
ワインなどの発酵末期の高エタノール状態では
酵母は死滅してしまいます

自分が一生懸命働いで作ったエタノールに殺されてしまうなんて
なんとなく切ないですよね?(笑)


<マロラクティック発酵>

パスツールは アルコール発酵以外にも
いくつかの重要な発酵現象を発見しましたが
ワイン造りに関係するのが マロラクティック発酵です

これは ワインの醸造過程で
アルコール発酵が起きたあとに
乳酸菌によりリンゴ酸から乳酸ができる現象です

マロラクティック発酵について説明する図

通常の発酵が終わった赤ワインを加熱すると
果皮からもろみに移行して活動を停止していた乳酸菌が
活動を再開してリンゴ酸を乳酸に変換します

一般的には アルコール発酵がある程度進んで
数ヵ月して温度が上がってくると
乳酸菌が増えてきてマロラクティック発酵が始まります

アルコール発酵後にマロラクテイック発酵が起こることを示す図

できた乳酸は リンゴ酸に比べて酸味がやわらかいので
ワインの酸味過多が解消され
渋味と酸味のバランスがより良くなるので
赤ワインを作るうえでは とても好都合な現象です

また マロラクティック発酵により
リンゴ酸以外の他の成分の変化も誘起され
ワインの香味がより複雑になり
花の香り フルーティーなエステル類が放出されることもあります

マロラクティック発酵により誘起される成分をまとめた表

ですから 赤ワインだけでなく
シャルドネなど一部の白ワインでも多用されつつあり
マロラクティック発酵を行うと 口当たりの良い白ワインになり
行わないときりっとした酸味の強い白ワインになります

口当たりの良い白ワインを造りたい醸造家は
少し温度を上げて 意図的にマロラクティック発酵を起こさせますし
きりっとした白ワインを造りたい醸造家は
マロラクティック発酵を起こさせないようにします

また 天候が不順な年は
ブドウの実にリンゴ酸ができやすいので
マロラクティック発酵を起こさせてリンゴ酸を減らす調節をします

最近は 培養した優良乳酸菌を添加して
安定したマロラクティック発酵を起こさせることもあるようです

このように マロラクティック発酵は
現代の醸造家たちにとって 大きな魅力を惹く現象になっています

マロラクティック発酵は 亜硫酸の添加により停止するので
上手に調節することもできます

化学の実験をしているようで 面白いですね!

ちなみにパスツールは
アルコールの微生物による腐敗を防ぐ低温殺菌法も見出していて
さまざまな形で ワイン造りに貢献しています


<ワインと酸化>

最後に パスツールや発酵とは直接関係ありませんが
ワイン造りと酸素の関係について説明します

酸素とワインの成分との化学反応である酸化は
ワインが劣化する大きな原因のひとつです

なんといっても アルコール発酵は
無酸素状態で行われる化学反応ですから

赤ワインは
抗酸化作用があるポリフェノールを多く含み pHも低いので
酸化されにくいのですが
白ワインは酸化されやすく 劣化すると色がつきます

こうした酸素による化学反応が起こらないように
ワインは冷所 日光が当たらない場所で保管するとよいとされます

ボトル内の酸素を抜く器具

抜栓後のワインを良い状態に保存するために
ボトル内の酸素を抜くこんな器具もありますね!


ワインが熟成のピークに達したあとは
酸素が少ないほど ピークを維持する期間が長くなります

しかし ワインの熟成の過程では
むしろ少量の酸素があった方が良いとされます

このあたりの複雑さは 熟成の説明で紹介します
高橋医院