明治時代に当院を開設した祖父は栃木の出ですが

栃木には奥州平泉から流れてきた武士が
多く住んでおり
祖先の藤原家の栄華を偲んで 
家紋に藤原家の「下がり藤」を用いたそうです

祖父のお墓は豪徳寺にありますが 
年季が入った木桶に描かれた家紋は
その「下がり藤

下り藤が描かれた木桶の写真

祖父が本当に奥州藤原家の血をひいていたか
定かではありませんが

もしかしたら自分も藤原一族の末裔かもと思うと 
一度も行ったことがない黄金の平泉に
思いを寄せたりします(笑)

で お墓詣りに行ったときに
その話を糖尿病専門医にしたところ

「えーっ やっぱり あなたは太っちゃダメよ!
との意外な返事が返ってきました

どうしてそんな返事が返ってきたかというと、、、

平安時代に皇室と姻戚関係を結び
栄華を誇った藤原北家 

その権力の中枢にいた藤原道長
(紫式部や清少納言のパトロンとも言われていますが) 

記録に残されている限りでは
日本人初の糖尿病患者だったそうで

そのため日本で開かれた国際糖尿病学会の
記念切手の絵柄は 
ご覧のように藤原道長とインスリンの結晶

藤原道長が描かれた記念切手

当時 糖尿病は「飲水病」と呼ばれており 
道長は「飲水病」を患っていたと
記録に残されています

糖尿病が悪くなると 
やたらに喉が渇き 水をたくさん飲み 
おしっこに何度も行きたくなります

これは血糖値が高いので
血漿浸透圧が高くなるため生じてくる症状ですが
 
「飲水病」とは
昔の人はなんと的を得た病名をつけたのでしょう!

道長は晩年 視力を失い 
心臓発作を何度も起こし 重度の感染症で命を落としたとか

いずれも 今でも多くの患者さんが苦しんでおられる 
糖尿病の合併症の 眼症 大血管症 易感染性
によるものだったと推測されます

藤原一族には
道真以外にも糖尿病患者さんが多くいたそうで
それと関係あるかどうかわかりませんが

日本人は欧米人に比べると
糖尿病になりやすい遺伝因子を有しているとか
(これに関しては稿を改めてご紹介します)

だから 藤原の血が入っている可能性があるならば
余計に日々の食生活に気をつけないとダメ! 
ということです

確かに いつも患者さんにお話ししているように
糖尿病の発症は
遺伝要因と生活習慣要因の両方に規定されます

遺伝要因は努力では変えようがありませんが 
生活習慣要因は地道な努力で変えることができます


ただねえ ちょっとご先祖様に想いをはせただけなのに 
オチは「あなたダイエットしなさい!」ですか、、、

うーん なんだかせつないなあ 

ホントに藤原の血をひいているかどうかなんて
わからないのに(苦笑)

平安時代の茶会の様子

平安時代ネタはまたの機会に登場しますので
お楽しみに!

 

高橋医院