新しい抗生物質が開発され
医薬品として使用されるようになると 

間もなく
その薬剤に対する耐性を獲得した細菌が
現れてきます


通常は 一年以内には既に
耐性菌が検出されるようになることが多いと
されています

この現象は前回ご説明したように 
遺伝子の突然変異により起こることで
珍しいことではありませんし
それだけでは問題を引き起こすようなことでもありません

問題なのは
同じ種類の抗生物質を
大量 あるいは長期間にわたって使用すると
その抗生物質が効かない耐性菌が 
世の中で分離検出される頻度が高くなることです

つまり
通常なら淘汰されるべき耐性菌が増えてきてしまう


なぜでしょう?

よく考えれば あたりまえのことです

抗生物質の存在下では
感受性菌は抗生物質の働きにより減少しますが
耐性菌は抵抗性があるので増殖できるため
耐性菌だけが繁栄するのです


菌交代現象の説明

この現象は 菌交代現象 と呼ばれ

菌交代現象が起きてしまうと
もうその抗生物質では治療できなくなる

こうして 抗生物質を乱用していくと
世の中には耐性菌が跋扈するようになってしまうのです


耐性菌の出現を許してしまう抗生物質の使用法としては

@低濃度投与

薬の濃度が低いので完全に死滅せず
細菌が抗生物質に徐々に慣れてしまう


@治療直前での投与の中断

もう少しで治療が終わる直前で
抗生物質の投与を止めてしまうと
耐性菌のみが生き残った状態で
感染症をぶり返してしまう恐れが高まります

@同じ抗生物質の反復投与や長期間投与

一つの抗生物質を 漫然と長い間投与するほど
耐性菌発生の確率が高まります


耐性菌が発生しやすい環境を示した図

このような不適切な抗生物質の使い方により 近年では

*MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)

*VRSA(バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌)

*CRE(カルバペネム耐性腸内細菌科細菌)

などの
複数の抗菌薬に抵抗性を持つ多剤耐性菌が
出現して来ています


複数の抗菌薬に抵抗性を持つ多剤耐性菌

多剤耐性菌は
有効な抗菌薬の種類が少ないために治療が困難で

特に抵抗力が弱い患者さんが感染すると
命にかかわります

しばしば病院などで
多剤耐性菌の院内感染が起こり
大きな問題となっています

耐性菌の出現を抑えるためには 
こうした「耐性菌増加の原因」となるような
抗菌薬の使い方を止める必要があります


アメリカの感染症対策を仕切っている
疾病予防管理センター(CDC)では

抗生物質治療の大原則は

*できるだけ使わないようにすること 

*使う場合は
 できるだけ単剤で 短期間の使用に留めること

とアピールして

不必要な抗生物質の使用を削減するキャンペーンを行い
抗生物質の乱用や不適切使用に警鐘を鳴らしています


こうした文脈からは

「日常的によくかかることがある
 いわゆる風邪(急性気道感染症)のときは
 抗生物質の使用はできるだけ避けるべきである」

という指針が出てきます

実際に
急性気道感染症の80~90%は
ウイルス感染によるもので
細菌感染によるものは少ないので
抗生物質を使っても意味がないことが多い

抗生剤は風邪の特効薬ではないことを注意するポスター


風邪に抗生物質を使う場合

*3日間以上の高熱の持続する

*膿性の喀痰 鼻汁がある

*扁桃が肥大したり 膿栓・白苔が付着している

*中耳炎・副鼻腔炎の合併が疑われる

*血液検査で白血球が増加している

*65歳以上の高齢者や
 感染症に影響を及ぼす基礎疾患を有する

と 基準が定められています

そして厚生労働省が2015年に発表した
「薬剤耐性菌対策に関する提言」2015
では 国民に対して理解を望むこととして

*ウイルス性上気道炎などのウイルス性疾患には
 抗菌薬が必要ないこと

*不必要あるいは不適切な抗菌薬の使用により
 薬剤耐性菌が蔓延すれば
 将来それらの耐性菌により
 自身が治療に難渋する感染症を発症するリスクがあること

を列記しています

抗生剤の正しい利用を喚起するポスター


当院でも
風邪で来院された患者さんに
抗生物質を使うべきか逡巡することがあります

というのも
「早く治したいから抗生物質が欲しい」
と望まれる患者さんが少なくないからです

もちろん 患者さんの状態を拝見して 
抗生物質を使った方が良いと判断した場合は
躊躇なく使いますが

そうでない場合でも患者さんが望まれる場合には 
患者さんが納得していただけるように
よく説明しないといけません

不適切な抗生物質の使用により
社会全体レベルでの
耐性菌の出現・増殖のリスクが高まるだけでなく

患者さん個人のレベルでも 
将来 耐性菌により治療に難渋するリスクがあることを

患者さんによく説明して ご理解いただきながら
診療をしていくことが大切と考え心掛けています
高橋医院