青と緑
風景画と聞いて 多くの方がパッと思い浮かぶのは モネをはじめとする 印象派の絵画かもしれません そういえば ちょうど1年ほど前に 東京都美術館で開催されていたモネ展は かなりの人気だったようですが 天邪鬼な書き手は モネ展には行かず(苦笑) 風景画は どうして描かれるようになったのかな? なんて思いながら 同時期に渋谷の文化村 ザ・ミュージアムで開催されていた 「風景画の誕生」展に行ってきました 西洋美術史をかじったことがある方なら ご存知と思いますが ヨーロッパでは 15世紀くらいまでは キリスト教にまつわるテーマが描かれた絵画がほとんどで 肖像画や風景画は描かれていませんでした ですから それらがどのようにして描かれるようになったかは 実は何気に興味深いテーマで だからこそこの展覧会は ひきつけられるものがありました ということで 久し振りに渋谷に向かいました 割とマニアックな企画なので それほどお客さんは多くないかな? と予想していましたが 日曜日 しかも あと1週間で終了だったためか かなり多くの方々が見に来られていました この展覧会は ウイーンの美術史美術館が所有する作品の中から キュレーターさんが テーマに合った絵画を選んで持って来ていて *中世ヨーロッパの聖書や神話を 主題とした絵画で描かれた 背景として描かれた風景を突端に *16世紀に入り 四季折々の生活情景や行事などをテーマにした 農村風景の季節画や月暦画が描かれるようになり *さらに 風景そのものが主題となり 理想化された牧歌的な田園風景や 郷愁を誘う廃墟の風景が描かれ *ついに17世紀のオランダで 風景画が独立したジャンルとして確立し 理想化された田園風景でなく リアルなごく身近な風景が描かれるようになり *そして17世紀後半の オランダやイタリアで 自然でなく都市の風景が描かれるようになった そんな風景画の発展の歴史が 経時的に理解できる構成になっています 17世紀のオランダで 風景画が独立したジャンルとして 盛んになった理由は ちょうどオランダが スペイン・ハプスブルグから独立して 海洋国家の先駆けとして 栄え始めた頃だったことと なにより 絵画を通して キリスト教世界を人々に広めようとする方針の カトリックが有力だった スペイン・ハプスブルグに対して 偶像礼拝を好まないプロテスタントが 主流だったオランダでは カトリック的芸術の呪縛から 逃れるような意味合いも込めて 風景画が発達していった という説明は まあ とてもリーズナブルで 納得のいくものでしたが 読み手の皆さんは そんなことにはあまり興味ありませんね?(笑) さて 書き手がこの展覧会でいちばん魅かれたのは この作品でした 聖カタリナの殉教を モチーフにした作品ですが パッと見たときに 画面右中央に描かれているそのシーンより 左上方に広がる青い海と島々の風景に とても強く惹きつけられました この青は 素敵です! 書き手は 青が大好きですが この青には 心躍る華やかさはないし 深く沈み込むような重さもない 青という色が持つ 明るく心躍る特徴はいずれも 有していませんが 妙に心が落ち着くような静寂感があり ちょっと幻想的な感じもして 見ていて飽きないのですよ この作品を描いたのは 15世紀末から16世紀にかけて アントワープで活躍した ワロン地方(今のベルギー南部)生まれの ヨアヒム・パティニールで 初の風景画家と呼ばれた方だそうです 現在 世界に残っている彼の作品は わずか10点余りで 幻の画家とも言われているとか 彼の遠近の描き方は特徴的で 近景に緑色 遠景に青色を置くことによって 遠近感を出し 広々とした奥行きのある空間を 表現しているそうです 暖色は前に出て見え 寒色は奥まって見えるという 「色彩遠近法」の効果を 上手く利用しているのだとか なるほど そう言われてみるとそうですね 青と緑を用いた遠近表現なんて 考えたこともなかったので とても新鮮に感じました この作品を見ることができて ヨアヒム・パティニールの存在を知ることができただけで 今回の展覧会に来た甲斐は充分にありました 農村風景の季節画や月暦画も印象的でした なかでも ベリー侯の豪華時禱書 は 本当に豪華で美しかった そんなわけで 予想していたよりはるかに楽しい時間を過ごせて 有意義な午後でした ヨアヒム・パティニールの本が 最近出版されたそうなので 読んでみようかな と思っていましたが 1年経っても まだ読んでいません(苦笑)
高橋医院