SNPが個性を表現する理由
1塩基の違いである SNP は 遺伝子多型のなかで最も数多く認められ 500~1000塩基対に1ヶ所 ヒトのゲノム上には300~1000万ヵ所 遺伝子上には100万ヶ所ものSNPが存在しています これだけの数のSNPが認められるので 病気の発症や進展に関係すると推測されるわけです SNPは 個々人それぞれの遺伝子的個性・体質が異なる原因になります なぜかというと 先回ご説明したように 遺伝子の塩基配列はmRNAを介してタンパク質を作りますが あるタンパク質を作る遺伝子の塩基配列に SNPが存在すると 作られるタンパク質の機能や量に 変化が生じる可能性があるからです つまりSNPによる遺伝子的個性・体質の違いは 作られるタンパク質の 質的・量的変化となって表れてくる 特にあるタンパク質を作る遺伝子のなかで ・その遺伝子の発現を制御するプロモーター領域 ・タンパク質そのものを作る翻訳領域 にSNPが存在すると 作られるタンパク質の量や機能が変化する可能性が大きいのです 一方で そのような部位以外のDNAに存在するSNPは ヒトの遺伝子的個性・体質には 影響を及ぼさない可能性が高いと考えられます SNPがタンパク質の機能に影響を与える有名な例が アルコール代謝酵素のSNPと酵素活性の関連です アルコールは ADHという酵素で アセトアルデヒドに分解され アセトアルデヒドは ALDH2という酵素で 酢酸に分解されます アルデヒドは ドキドキしたり気持ち悪くなったり顔が赤くなったりする 酔いに伴うそんな症状の原因物質ですから アルデヒドを分解する ALDH2 の 酵素活性が強いと お酒に強いし 二日酔いにもならない 酵素活性が弱いと アルデヒドが蓄積するのでお酒に弱い このALDH2を作る遺伝子にSNPがあり 504番目のアミノ酸を作る塩基配列が AAAの場合とGAAの場合があります 最初の塩基が AかGかの違い によるSNPです AAAだと 翻訳されるアミノ酸がリジンとなり 酵素活性が弱くなる GAAだと 翻訳されるアミノ酸がグルタミンとなり 酵素活性が強くなる ヒトは父親のDNAから1本鎖 母親のDNAから1本鎖を譲り受け 自分の2本鎖DNAを作りますから *両方の親がGだと SNPはGGタイプ *両方の親がAだと SNPはAAタイプ *片親がA 片親がGだと SNPはAGタイプ この3タイプのSNPになります GGタイプのSNPだと 最も酵素活性が高く 生まれつき最もお酒に強い AGタイプのSNPだと 酵素活性はGGタイプの1/16で 生まれつきあまりお酒に強くない AAタイプのSNPだと 酵素活性がないので 生まれつきお酒が全く飲めない 興味深いことに このSNPタイプの発現頻度には人種差があり 白人は99%がGGタイプでお酒に強いのですが 日本人はGGタイプが50%強 AGタイプが40%弱で 下戸のAAタイプが5%ほどいます ですから日本人と白人が同じペースでお酒を飲んだら えらいことになる(笑) ここで見られたSNPタイプの発現頻度の人種差は 他の多くのSNPでも認められることが多く 人種による体質の違いの多くが SNPタイプの差異に起因することが明らかにされています SNPが体質に影響を及ぼすイメージを 感じていただけましたか? このALDH2のSNPタイプが アルコール感受性の個人向け遺伝子検査キットで 解析されているものです では SNPはヒトの病気の発症や進展に 実際に関わっているのでしょうか? 重要な機能を持つタンパク質を作る遺伝子の塩基配列に SNPが存在する場合 ある病気にかかっている人と健康な人のSNPを解析・比較して 病気の人と健康な人の間で SNPタイプの出現頻度が 統計学的な有意差を持って異なっていた場合は そのSNPは病気と関連があると見做されます こうしたSNPを 疾患関連SNPと呼びます ヒトの体のさまざまな機能に関わる 種々のタンパク質のSNPについて それが疾患関連SNPであるか否かが検討され さまざまな病気で 色々な種類の疾患関連SNPが同定されています 以前のブログで 日本人がなぜ糖尿病になりやすいかをご紹介しましたが そのときに出てきた β3アドレナリン受容体 UCP-1のSNPと機能との関連も こうした研究により同定されました さらに最近は遺伝子検査の技術の進歩により DNAチップという 手のひらサイズの大きさのマイクロチップを用いて ヒトのDNAに存在しているほとんどのSNPを 一度に全て網羅的に解析できるようになりました ですから ある病気にかかっている人と健康な人のDNAを それぞれを数千人単位で解析することにより その病気に特異的な疾患関連SNPを 全て一度に同定することが可能になったのです こうした研究は GWAS解析(Genome Wide Association Study)と呼ばれ 過去10年あまりの間にさまざまな病気で多くの検討がなされ それぞれの病気に特異的な疾患関連SNPの存在が 明らかにされました 明らかにされた疾患関連SNPが 作られるタンパク質の質的量的異常に関連し そのタンパク質の異常が疾患の発症進展に関与することが 明らかになった場合もあります 一方 疾患関連SNPは タンパク質の質的量的異常に結びつかないこともあり そのような場合は 疾患関連SNPの病態への関与は不明で 単なるバイオマーカーに過ぎなくなります このように ある病気に特異的な疾患関連SNPの同定は その病気の病態解明の大きな手掛かりになる可能性があります GWAS研究は 多くの病気でまさに現在進行形で行われており その成果が病気の病態解明や新たな治療方法開発に 貢献することが期待されています ということで 巷で評判となっている個人向け遺伝子検査は このような研究で得られた さまざまな 疾患関連SNP の解析を行っているのです *SNPとは何か? *SNPが存在することは 生体にどういう影響を与えているのか? *SNPは疾患の発症進展に どのように関わるのか? そうしたことが おぼろげにでもイメージしていただけたら幸いです 次回はこのトピックの最後として 「個人向け遺伝子検査でわかること わからないこと」 を解説したいと思います
高橋医院