「どうしてこんな病気になったのでしょう?」
「それは体質によるものですよ」

診察室で患者さんと
そうした会話をすることがよくありますが

体質というのは
実はわかったようでわからない代物で

症状や検査値の異常が説明できない時
原因がわからない時に
表現は悪いですが
“逃げ言葉”のようなニュアンスで使うこともあります

シニカルな見方をすると
現代医学をもってしても 
なぜ病気になるかを厳密にロジカルに説明できず
体質という言葉で片付けてしまうことが多い 
ということです

ちなみに 体質という言葉は 
東洋医学ではよく使われますが
病気を細胞 分子 遺伝子レベルで考える西洋医学では
あまり使われることはありません

ですから 
東洋医学的な概念もある程度理解できる文化的背景があり
西洋医学を学んで実践している
日本人のお医者さんにとっては
実は重宝する概念でもあります?


なんて つまらない冗談はさておき(苦笑)

最近の研究の進歩により
その曖昧な概念である体質を 遺伝子レベルで語ることが 
段々できるようになってきました

そのキーポイントになるのが
これまで解説してきたエピジェネティクス
春頃の遺伝子診断の解説シリーズで解説した
遺伝子多型です


糖尿病 高血圧などの生活習慣病や 
花粉症などのアレルギー疾患は
多因子疾患と呼ばれ

その病態形成には 
遺伝的要因環境要因の両方が関与しますが

病期の原因となる遺伝的要因と環境要因

ここで言う遺伝的要因を体質と理解しても良いと思います

言葉を換えると 
体質は遺伝子が関与する個性なのです

そして その関与の中心的機序が 
遺伝子多型やエピジェネティクス

体質という個性は 
細胞の機能をつかさどるタンパク質の
発現量や働きにより規定されますが

これまで説明してきたように
タンパク質の発現量や働きには 
遺伝子多型やエピジェネティクスが関与します

それぞれの詳細については 
各シリーズを読み直していただきたいのですが

重要なことは

遺伝子多型は持って生まれた遺伝子の変化であり

遺伝子多型


エピジェネティクスは 
遺伝子そのものの変化はないけれど
生まれたあとに環境要因により 
遺伝子の発現パターンが変化する

エピジェネテイクス

このように全く機序が異なる
遺伝子多型 
エピジェネティクス 
のそれぞれが

タンパク質の発現量や働きの変化を誘導することで
体質という個性が現れてくるということ

つまり 体質は

*遺伝子多型により 
 あらかじめ遺伝的に決まっている部分だけではなく

*食事 運動 生活習慣などの環境因子によって
 エピジェネティクスが変化したため
 現れてくる部分もある

ということ

環境因子によるエピジェネテイクスの変化

環境因子によって 体質が変化する

そういうこともあるよね 
と漠然と理解されていた現象が

まさに遺伝子レベル 分子レベルで
語れるようになってきたのです

体質と遺伝子多型・エピジェネテイクス・環境因子の関連を示す図

この図に示されているように 
中心に示されている体質(Phenotype)
左の青丸で示された遺伝子多型(SNP)
右の赤丸で示されたエピジェネティクス(Epigenetisc)
それぞれに影響を及ぼす下の緑丸で示された環境因子(Environment)
まさに3つの重なりによって規定されているというわけです

今の時点では 
特定の病気に罹りやすい体質
つまり病気に特異的に見られる
遺伝子多型やエピジェネティクスが
はっきりと同定されたわけではありません

今まさに 研究の最前線で
多くの遺伝子多型やエピジェネティクス動態を
それぞれ網羅的に解析する手法を駆使して

さまざまな病気に特異的な
遺伝子多型やエピジェネティクス動態を
明らかにする試みがなされています

そして
病気に特異的な
タンパク質の発現量や働きの変化が明らかにされることで

ある病気に罹りやすい体質が 
分子 遺伝子レベルで判明し

その結果は 
新たな治療法の開発にも寄与することでしょう

但し ある病気に罹りやすい体質には
多数の 遺伝子多型やエピジェネティクス変化が
関与していると推定され

それらがどのように相互作用しあうか
どれが一番根本的な原因なのか
を明らかにすることが難しい

この問題の解決には 
非常に大きな困難が伴うと予想されます

今の科学の方法は 
詳細に分析することには長けていますが
得られた結果を統合していくことは 
どちらかというと不得意で
分析とは別の難しさがあります

複雑系に関する研究手法を導入することで 
うまく処理できるか、、、

このように 
まだまだ解決すべき問題は山積していますが
体質を遺伝子で語る環境は 
着実にできつつあります

こうした研究の将来の更なる発展を 
楽しみにしたいと思います


高橋医院