女らしさの呪縛って何だ?
もう一昨年のことになりましたが アメリカ大統領選挙で ヒラリーが敗れたとき それまでも指摘されていた 女性がなかなかトップになれないという ガラスの天井論が 再度 注目を浴びていました それに関連する形の 「女性とリーダー論」で こんな興味ある記事を読みました 一昨年5月 ヒラリーが出馬宣言をしたのと たまたま同じ日に 大西洋を隔てた アメリカとフランスの代表的な新聞である ニューヨークタイムスの編集主幹と ルモンドの社長が退任したそうです NYタイムスの編集主幹は「強引」 ルモンドの社長は「独裁的」 そんな言葉で評される そ れぞれの経営スタイルが批判を浴びての 事実上の更迭だったとか しかし 強引とか独裁的という言葉は ときとして優秀なリーダーを褒める際に 用いられることもある 少なくとも 男性の場合は、、、 そう 更迭されたNYタイムス編集主幹もルモンド社長も 女性でした 女性と男性では リーダーとして期待されるものが異なる というダブルスタンダードは 決して過去のものではなく リーダーの「女性らしさの神話」は 今もって健在で 女性のリーダーが組織を追われるときは 必ずと言っていいほど「強引」「独裁的」という 形容詞がつけられるとか そんなこと考えたこともなかったので 読みながら驚きました 世の殿方たちは 女性が自分の上司になったとき 彼女を *周囲を和ませながら 完璧に女性らしさを発揮するリーダー *独裁的で鼻持ちならないリーダー の対極的な2項分布的評価をしがち だそうですが 男性が上司のときは そんな極端な評価をすることはあまりない そして上司と部下で衝突があって 女性上司が男性の部下を評価指導するとき 部下の男性は それを冷静に受け入れられるタイプと 生理的に受け入れられないタイプがいて 後者のタイプの男性部下は 女性上司を 「独裁的で鼻持ちならないリーダー」 と評することが多いそうです まあ 似たような傾向は 男性の上司のときにも 多かれ少なかれあるでしょうが でも女性リーダーは ともすれば 冷酷なモンスターのように見られ 男性リーダーと同じように 判断や仕事をしていても ある種のバイアスがかかった物差しで評価され 更迭されるときは男性リーダーと異なり 実績以上に性格が話題にされる 女性は絶えず その本能を詮索され続ける それが リーダーさえも逃れられない女らしさの呪縛である と この記事を書いた女性作家は結んでいます まあ 裏を返せば 上述した 女性上司からの評価指導を 生理的に拒絶するような 男社会の ”未熟さといやらしさ” がなせる業 ということでしょうか?(苦笑) うーん 書き手は幸か不幸か これまでの人生で女性上司を持ったことはないし 自分自身が女性ではないから この話題は イメージすることはできても リアルに実感することは難しい でも 最近日本は 女性の社会進出の度合いの少なさで 世界からかなり白い目で見られつつあるようで この状況は相当ヤバイそうです 確かに 書き手が海外の学会に出席した際などには 女性の座長やスピーカーの数が 日本の比ではないほど多く 最初はびっくりしたものです 書き手は この手の差し迫った問題を解決するには 男性が 自らの幼さ(?:苦笑)を 反省することはもちろんですが 女性も 一握りのGlass ceilingへの挑戦者だけでなく 多くの女性が ある意味で意識改革をしないといけないようにも 思います 言うは易しで 難しい問題なのですが、、、
高橋医院