ヒトの遺伝子にはウイルスが忍び込んでいる
ウイルスの解説シリーズの最後に 病原体とは異なる ウイルスの別の側面を紹介します ヒトの遺伝情報である DNA・ゲノムが全解明され はっきりした機能を有する遺伝子は 全体の1.5%しかないことが 明らかになりました 一方 機能が不明なゲノムは 52.5%でした では 残りのおよそ半分のゲノムは 何なのでしょう? <ヒトのゲノムの半分はウイルス由来の遺伝情報である> 正体不明の ヒトゲノムの残り半分の中身ですが *34%は レトロトランスポゾン *3%は DNAトランスポゾン *9%は ウイルス由来の内在性レトロウイルス であることが明らかにされました これらはいずれも ウイルスに関連したものです 驚いたことに ヒトのゲノムの半分を占めるのは ウイルス由来の遺伝情報なのです! <トランスポゾン> さて トランスポゾンとは 異なる生物の種の間を自由に移動できる 「動く遺伝子」と呼ばれるものです @レトロトランスポゾン トランスポゾンの 大部分を占めるレトロトランスポゾンは レトロウイルスの構成と似た部分があるので 数千年前に ヒトに感染したレトロウイルスの祖先の断片が ゲノムに入り込んで残ったものと 推測されています レトロウイルスは 逆転写酵素という 自らのRNAをDNAに移し替える酵素を 有するウイルスですが トランスポゾンは 逆転写酵素の作用により RNAがDNAに写し変えられ ヒトのゲノムに挿入されたものと考えられます 自らのコピーを無限に増やすことができ 自ら自由に移動できるので 「寄生体のようなDNA断片」 と呼ばれています *LINE という長い散在性因子 *SINE という短い散在性因子 から構成され LINEは5万個あり ゲノムの21%を占め SINEは100万個あり ゲノムの13%を占めています @DNAトランスポゾン DNAウイルスが起源のトランスポゾンと 考えられています @レトロトランスポゾンの生物の進化への影響 霊長類が誕生したときに レトロトランスポゾンの爆発的増加があり それにより ゲノムのサイズが大幅に拡大したことが 明らかにされています つまり ウイルスに由来するレトロトランスポゾンが ヒトのゲノムの多様性をもたらし 霊長類の進化に重要な役割を果たしている 可能性があるのです ちなみに 霊長類のトランスポゾンでは他の哺乳類に比べて Aluの数が極端に多く ヒトゲノムの11%を占めていますが その存在意義は明らかにされていません <内在性レトロウイルス> 繰り返しの説明になりますが レトロウイルスは 逆転写酵素という 自らのRNAをDNAに移し替える酵素を 有するウイルスです 細胞に感染したレトロウイルスのRNAは 逆転写酵素によりDNAに変換され 細胞の核内のDNAに組み込まれます そして組み込まれたDNAから ウイルスRNAが転写され ウイルスが複製されます 内在性レトロウイルスの遺伝子は 宿主の精子 卵子の核内DNAに入り込み 宿主のゲノムの一部となって 遺伝情報として子孫に受け継がれます 内在性レトロウイルスは 子ウイルスを産生せず 静かに核内に潜んでいるだけです 数千年前に外から感染した 外来性レトロウイルスが 長い年月を経て自ら増殖する能力を失ったもので 眠った状態で存在していて それが感染を起こすことは ほとんどありません ちなみに 外来性レトロウイルスは 外から細胞に感染して 宿主の体細胞の核内に入り込むウイルスで AIDSの原因であるHIVウイルスが その代表例です また プロウイルスと呼ばれるものもあり 宿主のDNAに組み込まれた ウイルス由来のDNAで 多くは 長期間働かず ひっそりと隠れた状態で潜んでいます いずれにせよ 私たちのゲノムの約半分が 昔に忍び込んだウイルス由来の隠れゲノムだなんて ビックリです! 得体の知れない隠れゲノムは いったい何をしているのでしょうか?
高橋医院