ウイルスが胎児を守っている
これまで 病原体としてのウイルスについて 説明してきましたが ウイルスが ヒトに利益を与えている面もあることが 近年の研究により明らかにされています <ヒトの胎児を守る内在性レトロウイルス> いちばん興味深いのが 2000年に明らかになった ウイルスがヒトの胎児を守っているということです お母さんとお腹の中の胎児は 胎盤でつながっていて 胎児はお母さんから胎盤を通して栄養をもらい 成長していきます しかし こんなことを聞くと 奇異に思われるかもしれませんが 胎児はお母さんから 拒絶されるリスクもあるのです なぜなら胎児は お母さん お父さんからもらった成分を 半分ずつ持っているからです お母さんにとって お父さんは 所詮 他人です ですから お母さんの免疫系は 胎児のお父さん由来部分を他人と認識して 排除しようとします お母さんのリンパ球が 胎盤を通って 胎児を攻撃しようとしたら大変です しかし ヒトの体は上手くできていて 胎盤の中に存在する 合胞体栄養細胞という一層の膜が お母さんの血液循環と 胎児の血液循環の間を隔てていて お母さんのリンパ球が胎児に入るのを 防いでいるのです この合胞体栄養細胞の働きにより 胎児のお父さん由来の成分が お母さんの免疫系により拒絶されるのが 防がれます お父さん由来成分 良かったね! さて 興味深いのはこれからです なんと胎児を守る合胞体栄養細胞の膜は ヒトのゲノムに忍び込んだ ウイルス由来の遺伝子により 作られるのです! びっくりしますね! 合胞体栄養細胞の膜は 内在性レトロウイルスのエンベロープにある シンシチンというタンパクの作用により ふたつの細胞の膜が 引き寄せられて融合して作られるのです このシンチシンは 内在性レトロウイルスの envという遺伝子で作られます 妊娠すると それまで核内で眠っていた 内在性レトロウイルスが活性化されて シンシチンが作られて その働きで合胞体栄養細胞の膜が作られ そうして胎児が守られている シンチシン遺伝子以外にも prg10 rtl1という レトロトランスポゾン由来の遺伝子が 胎盤形成に関与していることが 明らかにされています なんと 正体不明のウイルス由来隠れゲノムは ヒトが子孫を作るのに とても重要な働きをして貢献していたのです 再度 ビックリです! <代謝 細胞機能を担う内在性ウイルス遺伝子> こうした働き以外にも ヒトゲノムに潜むウイルス遺伝子に存在する 機能的な遺伝子には 代謝 細胞機能を担うタンパク質の遺伝子配列が 多く含まれていることが明らかにされています <免疫系に影響するトランスポゾン> 多様な抗体が形成される際の 抗体遺伝子のVDJ再構成で DNA配列の削除 切り出しを行う酵素の RAG1 RAG2は レトロトランスポゾンに起源を持つことが 示されました さらに ヒトで発現しているRNAの約2割が トランスポゾンを利用して発現していて トランスポゾンは 遺伝子の転写量を増強するエンハンサーの機能も持ち 特に神経系の発生に大きく関与していることも 明らかにされました どうもトランスポゾンは 遺伝子発現制御に関与しているようです このように ウイルス由来隠れゲノムは さまざまな働きをしている可能性が 示唆されています また 隠れゲノムだけでなく ヘルペスウイルス 内在性レトロウイルスのなど 潜在感染しているウイルスは ヒトの感染防御機構を強化していることが 明らかにされました ウイルスの潜伏感染により ヒトの体内ではインターフェロン産生が増え その働きにより 免疫系が活性化されて自然免疫が高まり 病原菌への抵抗力が増えているのです 潜在感染しているウイルスは 感染の際の細胞膜のレセプターの競合阻害 細胞内での増殖経路の阻害により 新たな別のウイルスの感染を阻害することもあるようです このように ウイルスは太古の昔から さまざまな面からヒトの体の働きに 貢献してきたのかもしれません なんとも不思議なものです!
高橋医院