慢性炎症から知覚過敏へ
酸などの逆流刺激により 食道粘膜内で形成された慢性炎症により 胃食道逆流症の病態が形成されていること を説明しました <食道粘膜内で慢性炎症が起きる機序> 慢性炎症が生じる最初のきっかけは 酸刺激によって 粘膜細胞内の角化細胞で 炎症を惹起する作用を有する IL-8が産生されることですが この重要な現象に関わっているのが PAR2 という分子です @PAR2 PAR2は 消化管上皮 呼吸器上皮細胞に発現している受容体ですが *トリプシンなどのセリンプロテアーゼで 活性化され *食道粘膜の角化細胞でPAR2が活性化されると IL-8が産生される ことが 明らかになりました そして *胃食道逆流症の患者さんの食道では PAR2発現が増強し その発現量はIL-8量と正の相関がある *胃酸でpHが低下した状態では PAR2発現が増強する という 興味深い現象も報告されています ですから *PPI治療などで酸が減ると PAR2発現 IL-8産生が減少して 粘膜内の慢性炎症が改善するか? *PAR2活性化を抑制する薬を開発すれば PPI治療抵抗性症例に対する治療が 功を奏するようになるか? という とても重要な臨床的な課題が 現在 検討されています <慢性炎症から知覚過敏へ> PAR2の活性化は 知覚過敏に関わる痛みの発生にも 影響を及ぼしています ここで登場してくるのが TRPV1という分子です @TRPV1 痛み刺激を増強する 神経に存在する侵害受容体で 酸 カプサイシン 熱などの刺激により 活性化して substance Pなどの痛み関連物質の放出を増強し 痛み反応に関与します TRPV1は PAR2により活性化され 炎症によっても容易に活性化されます 炎症が起こると局所が痛くなるのは この分子が関与しています 興味深いことに TRPV1は *酸感受性で *食道粘膜内の神経細胞に発現し 痛みの原因となる神経の炎症に関与する ことが示され さらに 胃食道逆流症の食道粘膜で TRPV1の発現増強がみられることが 明らかにされました こうした事実から 酸暴露により誘導された PAR2 TRVP1の活性化経路により 食道の知覚神経が刺激されて 痛みや胸やけが起こってくるのではないかと 推察されています また TRVP1は 酸が関与しない慢性炎症でも活性化されますから 酸逆流が関与する胃食道逆流症だけでなく 非酸物質の逆流が関与するとされる 非びらん性胃食道逆流症や 酸逆流の関与が少ない機能性胸やけなど 全てのタイプの胃食道逆流症の発症に 関与している可能性があります ということで TRPV1は PPI抵抗例でみられる 食道や中枢性の知覚過敏が 食道粘膜の慢性炎症により生ずる機序の鍵となる分子 として注目され 治療の標的分子の重要な候補で TRPV1の活性化を抑制するアンタゴニストによる治療も 試みられています 少しオタクな話になって恐縮でしたが *食道粘膜の慢性炎症を形成するPAR2 *それにともなう知覚過敏に関わるTRVP1 などを抑制する薬剤の開発や新たな治療が 特に 酸分泌抑制薬に抵抗性を示すタイプの 治療戦略として注目されていて 今後の研究の展開が楽しみです 慢性的な炎症は これまでにも *脂肪組織における慢性炎症と肥満の関係 *視床下部における慢性炎症と食欲制御の関係 などの解説で登場してきましたが なかなか興味深い現象で どうして 慢性炎症が生じてしまうのか? どうやったら そのカスケードを制御できるのか? そうした疑問に対する回答が さまざまな慢性的な病気の新たな治療法の開発につながる とても興味深い現象です 慢性炎症については いずれまた詳しく解説したいと思います
高橋医院