忖度の国のお笑い
外国人から見た 日本文化のおかしな点
前回は茶道と相撲について論じられましたが
今回のお題は
お笑い
日本のお笑いについて論じるのは
テレビで見かけることが多い
タレントのパックンさんです
彼はハーバードで
比較宗教学を学んだ経歴の持ち主です
比較宗教学 面白そうですね!(笑)
さて パックンは日本に来た当初
日本のお笑いの面白さが
全く分からなかったそうです
そんな彼が
やがて日本でお笑いの道を進むことになるとは
なかなか面白いのですが
それはさておき
パックンが
「コメディーの原点」と自負するアメリカでは
芸人さんはひとりで
権力者やセレブを突き落とすようなネタを語り
そうした ”体制に歯向かう芸風” は
健全な民主主義のために不可欠な存在だと
考えておられるそうです
うーん
お笑いと民主主義が結びつくとは
思いもよりませんでした(笑)
ちなみに そうした芸人さんは
Politicl comedian と呼ばれるようですね
だからパックンは
一発ギャグやリズムネタばかりが目立つ
日本の芸風の面白さは
全く理解できなかったし
ボケと突っ込みの両者がいないと存
在できない漫才という形式にも
違和感を覚えたそうです
なるほどねえ
確かにアメリカでは
アカデミー賞授賞式などで
有名なコメディアンさんが
ひとりで司会をして舞台進行を
取り仕切っていますが
彼等が聴衆の笑いをとるネタは
往々にして
日本人にはその面白さが理解できないような(苦笑)
きわどいものが多いそうで
パックンは
この点でも日米のお笑いの
大きな差異を感じていて
日本ではネタの禁止領域が広すぎる
と指摘します
アメリカの芸人は
人種や宗教の違い
下ネタなどを題材にすることが多いのに
日本では そうしたネタは使えない
と言うのです
日本では民族や宗教の多様性が少ないし
国民性が上品だから
仕方ないのかもしれないと
誉めているのか
揶揄しているのかわからない(笑)
そんな解釈をされていますが
それにしても強い制約を感じる
と言われます
日本では
言論の自由は保証されているし
禁止事項もないのに
どうして風刺ネタがほとんど出てこないのか?
それは
目に見えない一線を越えた時の制裁を
肌で感じているからだ
と 指摘します
一線を越えた風刺を行うと
企業は怒り
そのために広告が無くなり
政治家が怒り
そのために取材が行えなくなったり
規制法案が検討されたりもする
それが日本のテレビ業界で
お笑いや芸人が置かれた立場なので
日本のお笑いは
政治や社会的問題に触れることは
ほぼ皆無
欧米では
ほぼ毎日 テレビで政治系お笑い番組が放送され
芸人が権力者を物笑いにして
国民と体制のパワーバランスに貢献し
社会のご法度に触れ 議論を広げる役割を担い
大きな影響力を発揮している
そんな状況とは好対照だと
パックンは語ります
そして 議論をこんな風に話をまとめます
日本は忖度の国で
体制側からの圧力はスゴイから
体制や規範に
チャレンジするようなネタで笑いをとる
アメリカンスタイルの芸風でなく
人を傷つけない 怒らせない
平和的なお笑いをとる芸風が
成熟しているのだと
最後は
ずいぶん好意的にまとめてくれましたが
パックンが指摘したように
確かに日本のお笑いは
食い足りないというか 刺激がないと
書き手も思います
見聞きして
”ニヤッ”と感じるタイプのお笑いが少ない
だから個人的には
あまりテレビでお笑い番組を
見ないのかもしれません
一方で
社会規範やモラルに対する批判は
SNSなどのアンダーグラウンドな世界では
繰り広げられ
その過激さには目を見張るものがある
と聞きます
こうした両極端な状況は
どうも不健全な気がします
政治や社会問題を上手に揶揄して
笑いをとるような芸風が
日本でも成熟してくると良いなと
ひねくれ者の書き手は
思ってしまうのですよ(苦笑)
高橋医院