腸内細菌叢と免疫系の相互作用
数ある腸内細菌叢の働きのなかでも 特に興味深いのが 宿主の全身の免疫系との相互作用です <腸内細菌叢と免疫系の関わり> もう10年以上前から 腸管は体内で最大の免疫臓器 と見做されています 全身のリンパ球の60%が 腸管に存在しているのです! そして 腸内細菌叢と生体の免疫系は 相互に影響を及ぼし合う ことが明らかにされました 免疫系が 腸内細菌叢のプロファイル形成に関わり 腸内細菌叢が 免疫系の発達や機能発現に深く関わるのです 免疫系は 腸内細菌に対しては共生 病原菌に対しては排除 の方向で働きますが 免疫系に異常が起こると 腸内細菌叢のdysbiosisを誘導して さまざまな病気を誘発する こともわかってきました <腸内細菌叢と腸管バリア> 腸管内には 時として有害な微生物も存在するので それらが体内に侵入してこないように 腸管の表面には腸管バリアが存在します @腸管バリアが腸内細菌叢に及ぼす影響 正常な腸管バリアの形成は 病原菌の排除だけでなく 腸内細菌叢の恒常性維持にも重要です また腸管バリアは 腸内細菌叢と宿主細胞の過度な接触を 抑制する働き も有しています 腸管バリアの形成には さまざまな細胞や因子が関与し 腸管の表面を覆う上皮には 何種類かの細胞が存在しています *杯細胞 杯細胞が産生する粘液・ムチンは 腸管バリアを形成し 腸内細菌の上皮細胞への接触を遮断しています *パネート細胞 主に小腸に存在するパネート細胞や 円柱上皮細胞は デイフェンシン カテリシジンなどの 抗菌ペプチドを産生して 腸内細菌叢の恒常性維持に寄与しており パネート細胞は Notchリガンド発現により 上皮幹細胞の生存をサポートする働きも 有しています また 免疫細胞によりムチン層内に産生されるIgAは 腸内細菌の増殖を制御しています こうした 腸管バリアである粘液層の働きにより確立される 腸内細菌と宿主細胞の共生関係が 腸内細菌叢の恒常性維持に重要なのです 上皮細胞に異常が生じて腸管バリアが破綻すると 病原菌が侵入するだけでなく 通常は無害の腸内細菌が体内に侵入して 炎症性腸疾患や敗血症が生じると 考えられています <腸内細菌による病原微生物の感染防御> 腸内細菌は 直接的 間接的作用により 病原微生物を排除します 直接的作用としては 腸内細菌そのものが 栄養素の競合 直接的な障害 病原菌に対しては毒性となる乳酸菌の産生 などにより 病原菌と競合することにより増殖を抑制します 間接的作用としては IgA産生細胞 Th17細胞 ILC3などの 抗病原菌作用を有する細胞群の分化 増殖誘導や 腸管上皮細胞の糖鎖付加・フコシル化による病原体侵入阻止 などが関わります <腸内細菌叢による免疫系の発達と機能維持> 上述したように *免疫系が腸内細菌叢を制御し *腸内細菌叢が免疫系を教育するという 相互関係が存在します @腸内細菌による自然免疫応答の制御 腸内細菌は その構成成分や短鎖脂肪酸などの代謝産物の働きにより 侵入してきた病原微生物を排除する自然免疫細胞の 分化 局在 活性制御に関わります 一方 腸管内に存在するマクロファージなどの免疫細胞は IL-10を高産生し 低応答性を維持し 腸内細菌叢の変化により 過度に活性化されないようにしています @腸内細菌による獲得免疫応答制御 獲得免疫は 再度侵入してきた病原微生物を排除しますが 腸内細菌叢は 獲得免疫系の細胞の誘導に重要な働きをしています つまり 腸内細菌が宿主の免疫系を刺激するのです 具体的には *免疫反応を制御するTregの分化 機能発現 *IL-17Aを産生して微生物に対する免疫反応を司るTh17の分化 *腸管バリア内で微生物を排除するIgAの産生 などに関わります *Tregへの関与 Bacteroides fragilisやクロストリジウムは Tregの分化を誘導します クロストリジウムは 酪酸などの短鎖脂肪酸をつくり出す酵素を豊富に有していて 酪酸は大腸におけるTregの分化誘導で 重要な役割を果たしています *Th17への関与 特定のmicrobiotaが Th17の誘導に関与しており マウスでは Th17の分化 増殖に 非病原性グラム陽性常在性細菌の セグメント細菌(SFB)が必要なことが 明らかにされています 腸内細菌叢に異常な変化が生じると このような免疫系の教育が上手くいかず 免疫異常による病気が発症するリスクが増えると 考えられています 腸内細菌叢が免疫系の機能発現を制御する というアイデアは 書き手が医学生の頃には全くありませんでした そもそも 腸内細菌叢が生体に必要な機能を持つ という概念もなかった それが今や 分子レベルで語られるようになり 種々の病気との関連も 明らかにされつつあります まさに 隔世の感があります 日々の生活の中で 私たちの腸管内で起こっている現象や 腸内細菌叢の働きには まだまだ未知のものがたくさんあるのかもしれません
高橋医院