欲望の経済史3回は 勤勉という美徳 宗教改革の行方 



というタイトルで
プロテスタントを生んだ宗教改革と経済の関連
についてフォーカスします




<宗教と経済>

まず冒頭で

EU内で経済危機を起こした国は全てカトリックで
プロテスタントの国はない

という 興味深い事実が示されます


ジュネーブ大学・神学部の
フランソワ・デルマンジュさんは

カトリックでは
秩序が重んじられ 社会が動かないことを良しとするが

一方 プロテスタントは カトリックに比べ

*社会の発展を望む

*勤労に誠実であれ をモットーとし

*他者の利益にも献身的であることを良しとする

と述べ

プロテスタントが有する
倫理 誠実 勤勉 献身といった性向を強調します

 
そして
時計産業は
ジュネーブのプロテスタントの勤勉な仕事観の象徴である
といった面白い論を展開されます



フランス ドイツのプロテスタントが
自国内のカトリックとの争いからスイスに逃れてきて
時計産業が始まったが

その繊細さを裏付ける 禁欲的な忍耐強さは
プロテスタント精神の賜物で
時計の内部の完璧さには 神が隠されているように美しい
と指摘されます

高級時計を見たら
プロテスタントの勤勉性を思い浮かべないと
いけないのですね(笑)


<宗教改革が経済に及ぼした影響>

こうしたコンテクストを かのマックス・ウエーバー
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
という書に著します



倫理を説く宗教 利潤を追求する資本主義

無縁に見える両者の結合が
宗教改革によりもたらされた

労働こそが価値の源泉である

ジャン・カルヴァンに始まる宗教改革
カトリック教会が行った免罪符への反発や
教会の堕落への反発を基に起こりました



カトリックでは
神の救いは 信仰の深さ 日々の善行に
左右されるとされ

そこから
お金を払って教会で免罪符を買えば天国に行ける
といった
プロテスタントからすると堕落した事態が生まれました


一方プロテスタントは
あくまで聖書中心主義

誰が天国に行けるかは 
生前に神が決めていて神のみが知る
という予定説が教義の中心となります



そして
自分は救われるのだろうか?
という不安を和らげる手段として
天職という概念が尊重されます

*天職での成功が
 神からの救いを得る唯一の道となる

*絶え間ない勤労こそが大切

というのです

そしてプロテスタントでは
個人の蓄財を認めます

カトリックでは
得られた富の教会への寄付が求められたのと
対照的です
 

一方 大航海時代に新大陸アメリカが発見されて

スペイン ポルトガル ヴェニスなどで
新たに活発な商取引が始まり
人々に消費への欲望が生まれました

こうした状況の変化を背景に
移民による労働力の増大も相俟って
経済の活性化 規模の拡大が起こります

そして 富を蓄えたら 投資せよ
というコンセプトも生まれてきます

自分のためだけに金を使うのでなく
投資により雇用を生み
公共利益のために富を還元する



富裕層が 投資により社会に貢献する

という新しい概念で

富を持つことは 恥ではなく 誇りにしてよい
と 社会の意識が変わり始めたのです

勤勉 → 蓄財 → 投資 → 富の増殖

という図式です



根源となるのはあくまでも勤勉性で
まさに勤勉が富を生む


投資というと
”楽して儲ける”というイメージがありましたが

その原点は
勤勉の成果を社会に還元するための手段
だったのですね

勉強になりました

いずれにせよ
このようにプロテスタントの教えが
経済に関する考え方を根本的に変えたのです





<アメリカの独立>

アメリカ建国の父
ベンジャミン・フランクリンの教えは
まさにプロテスタント精神にほかなりません

*節制
 飽くほど食うなかれ
 酔うまで飲むなかれ

*規律
 物は全て所を定めて置くべし
 仕事は全て時を定めてなすべし

*勤勉
 時間を空費するな
 何か益あることに従い 無用の行いは断つべし

*沈黙 誠実 正義 決断 謙譲
 中庸 純潔 平静 節約 清潔
 を大事にすべし

こうしたフランクリン的な精神が
資本主義の精神となるのです



アメリカ独立宣言では
全ての人間は 生まれながらにして平等に作られている
と謳われ
生命 自由 幸福追求の権利が強調されます

アメリカの資本主義の原点の精神は
欲望を満たすためでなく
倫理的なルールと蓄財そのものを自己目的化した
生き方だったのです



でも
そうした高邁な理想を掲げていたアメリカから
欲望がギラギラする
拝金主義的グローバリズムが生まれたのは
なんとも皮肉なことです

どこで道を間違えちゃったのかな?


<国富論>

ここで 経済史でお約束の
アダム・スミスの国富論が登場します



「見えざる手」の概念を提唱し
自由競争のバイブルとなる自由主義を生んだ
とされる国富論



それぞれの自己利益の追求が
見えざる手によって社会全体の利益になる
というコンセプトを世に顕かにしました


彼は 重商主義の批判者にして
自由主義・資本主義の生みの親で

東インド会社は
国家並みの鈍重さと 私企業並みの強欲さを
兼ね備えた最低の組織だと酷評します

重商主義は
安全保障を常に懸念するので 戦争を起こしやすい
ナショナリズムにとらわれてはいけない
植民地拡大競争の帝国同士の対立は避けるべき

また 植民地も反乱を起こす

富の収奪と それが引き起こす戦争
のサイクルを生むだけだ

と 重商主義の限界を示しました


そして グローバルな競争による
富の収奪を目指す欲望からの脱却を説きます

*労働により富を得るべき

*国内での産業の奨励 推進すべし

こうした理論は 産業革命の後押しとなり
重商主義から自由主義へと
経済を支える枠組みが変わっていきました


一方で 倫理観の必要性も 説かれます



上述したように
プロテスタントの思想が
ヨーロッパ社会を根幹から変革しましたが

この思想は
個人の倫理観の有無により成否が左右されるとし

個人主義 消費主義に傾けば
カルヴァンが示した蓄財の正当性も消えるので
そうした風潮は戒めなければならない

宗教的な倫理が重要である と強調もしています

富を持つものには 社会的な責任がともなう
という考え方です




<現代は? 日本は?>

では現代は どうなのでしょう?

このシリーズの常連さんのダニエル・コーエンは
現代では勤勉性の意味が変化している
と指摘します

人の働きぶりが
コンピューターにもロボットにも代替できないことを
証明する必要がある時代になってきた

人間の長所は

*数学的思考 コンピューターを駆使できる能力

*社交性 共感を持って働けること

で このふたつを有する職業が生き残る

デジタル化社会では
ルーテインだけを繰り返す勤勉さ
言われたことだけをすることが
ロボットなどによりいちばん存在を脅かされる

従来の勤勉性だけではロボットに負けてしまう
と警鐘を鳴らします




最後に 日本に関する面白い指摘がされます

日本は 宗教とは異なる理由
つまり勤勉さを美徳とするという
自然発生的なバックグラウンドにより
勤勉さを尊ぶ風潮がありますが

セドラチェクは
なぜ 裕福な日本で過労死が起こるか?
と疑問を呈し

*人は成長しなければならない

*経済は成長しなければならない

という 奇妙で強固な考えに起因しているのではないか
と分析し 
それは間違っていると断言します

芸術 友情 精神面など
成長や数字で表せない豊かさもある

そうした豊かさより 働くことが優先されるとすれば 
とても残念なことと指摘します

残念ながら 日本には
そうした気持ちの余裕がないのかな?



現代も続く 明治維新以来の
西洋に追いつけ追い越せという風潮が
精神的余裕を生むことを
阻んでいるのかもしれませんね

高橋医院