新型コロナウイルスの変異に
一喜一憂すべきではない
昨日話したばかりですが

症状と関連するという変異が注目されているので
ご紹介します

<ORF8の382塩基が欠損したウイルス>

その変異は 382欠損と呼ばれる
27894番目から28259番目の382個の塩基が
欠損したもの
中国や台湾から その存在が報告されていました

382欠損に関して中国からの報告された論文

27894番目から28259番目の塩基は
ORF8というタンパク質をつくる遺伝子を
構成しています

ORF8の塩基配列と382欠損の関係を示した図

このORF8を構成する塩基の欠損は
新型コロナウイルスがヒトに感染し始めてから
ある程度の時間が経過して
ORF8に対する抗体が出来てくるに連れて
出現し始めたので
ヒトの免疫反応により誘導された可能性
指摘されています

またORF8を構成する塩基の
345個の欠損がバングラデシュから
138個の欠損がオーストラリアから
62個の欠損がスペインから
それぞれ報告されていて

ORF8は 変異を高頻度に起こす
ホットスポットと見做されています


<382欠損ウイルスは重症化しない>

そして 382欠損に関する興味深い論文が
8月後半のLancetにでました

この論文は なかなかインパクトがあったようで
Lancetと双璧をなす有名誌のNEJMにも
8/31にコメントが掲載されています

Lancetに掲載された論文とNEJMに掲載されたコメント
Lancetに掲載された論文の骨子

シンガポールで
131人の新型コロナウイルス感染で入院中の患者さんの
ウイルス解析を行ったところ
382欠損が見られたのは29人・22%で

欠損がない患者さんに比べて
若く 診断時のウイルス量が少ない傾向が
認められました

さらに 酸素吸入が必要になる人
人工呼吸器の装着が必要になる人
ICUに入室した人が
有意に少ないことが明らかにされました

382欠損の場合に重症にならないことを示した図

また382欠損の人は 欠損がない患者さんに比べて
病態を増悪させる
炎症性サイトカインの産生量が少なく
一方 抗ウイルス作用を有する
インターフェロンγの産生量は
多いことも明らかにされ

382欠損の場合に炎症性サイトカインの産生量が少なくインターフェロンγの産生量が多いことを示す図

こうしたことが
382欠損の人がマイルドな症状を呈することに
関与するのではないかと推察されています

このように ORF8を構成する
382個の塩基が欠損した新型コロナウイルスは
重症にならないですむことが明らかにされ
とても興味深いのですが

さらに面白いことに
ORF8から翻訳されるタンパク質は
ウイルスが免疫反応から回避する作用を有するという
報告があるのです


<ORF8タンパク質は ウイルスを免疫回避させる>

これは5月に発表された論文ですが
ORF8タンパク質
*ヒトの細胞の表面に発現する
 MHCクラスⅠ分子に直接的に結合する

*ORF8タンパク質を発現させた細胞では
 細胞表面におけるMHCクラスⅠ分子の発現が低下する

ことが明らかにされました

ORF8タンパク質は免疫回避作用を発揮することを示す論文

かなりオタクな話で恐縮ですが
MHCクラスⅠ分子は抗原を提示する分子で
細胞にウイルスが感染したりすると
その一部の分子が細胞の中で
MHCクラスⅠ分子のカゴに入り
細胞表面にMHCクラスⅠ分子とともに表出されます

この 感染細胞の表面に表出された
MHCクラスⅠ分子とウイルス関連分子を
ウイルス感染した細胞を攻撃する
細胞障害性Tリンパ球が認識して
感染細胞が破壊されウイルスは駆逐されます

MHCクラスⅠ分子と細胞障害性Tリンパ球の関係を示した図

これが 最近話題になることが多い
獲得免疫としてのTリンパ球反応になるわけです

ですからMHCクラスⅠ分子は
細胞障害性Tリンパ球が働くのに
必須の分子と言えますが

新型コロナウイルスのORF8タンパク質が
細胞の中に存在すると
細胞内でMHCクラスⅠ分子が
オートファジーという機序で分解されてしまうので
細胞表面に発現しなくなります

ORF8タンパク質によりMHCクラスⅠ分子の細胞表面の発現が低下することを示すグラフ

こうしたORF8タンパク質の作用は
新型コロナウイルスに特徴的なもので
親戚のSARSウイルスのORF8タンパク質には
認められません

以前 NHKの免疫関連番組で紹介された
新型コロナウイルスの
人の免疫反応からの回避機構は
まさにこの現象だったのです

さらに この論文では
ORF8タンパク質が存在する細胞は
存在しない細胞に比べて
新型コロナウイルスを駆逐する細胞障害性Tリンパ球による
ダメージを受けにくい
というデータも示しています

ORF8タンパク質により細胞障害性Tリンパ球によるダメージを受けにくくなることを示すグラフ


<382欠損ウイルスは 免疫回避できないので重症化しない?>

つまり 前半と後半の話をつなげると

ORF8を構成する382個の塩基が欠損したウイルスに
感染した人が重症化しないのは
ORF8タンパク質が作られないので
ウイルスの免疫回避機構が作動せず
細胞障害性Tリンパ球が充分に働くからではないか?

という仮説が成り立つ可能性があります

書き手は
あり得る話かもしれないと思っています

最近 新型コロナウイルスが
弱毒化してきたという
期待もこめられた話もありますが
382欠損ウイルスが増えているのなら
本当にその可能性があるかもしれません

今 日本で流行している
新型コロナウイルスのORF8の塩基配列は
どうなっているのでしょう?

とても興味深いと思います
高橋医院