腸内細菌叢の「乱れ」が
さまざまな病気の発症に関与している
と考えられています


<「乱れ」とはどんなことか>

腸内細菌叢の乱れとは 具体的には

*構成する細菌の種類が減る

*正常状態では多い細菌が減り
 逆に少ない細菌が増える

といった現象です


特に短鎖脂肪酸を産生する腸内細菌の減少が
注目されています


では腸内細菌による短鎖脂肪酸の産生が減少すると
どうしてマズいのでしょう?

前にお話ししたように
短鎖脂肪酸は
腸内細菌による食物繊維の発酵により産生されますが

以下に示す機序により
代謝を促進し 脂肪の蓄積を抑制しています


短鎖脂肪酸がその機能を発揮するときは
まずその受容体に結合します
受容体は2種類あって

*GPR41

脂肪組織 腸管 交感神経系に発現しており

交感神経系に発現しているGPR41に結合すると
交感神経系が活性化され 
心拍数や体温を上げてエネルギー消費量を増やします


*GPR43

脂肪組織 腸管に発現しており

腸管のL細胞に発現するGPR43に結合すると
インスリン分泌を刺激する
GLP-1(インクレチン)の分泌を促進し
インクレチンは糖尿病治療のトピックになっている物質です)
インスリン感受性を増強して
体内のエネルギー消費量を増やします

脂肪組織に発現するGPR43に結合すると
エネルギー消費を増やすレプチンの
脂肪細胞からの産生が増加するとともに

脂肪細胞でのインスリンシグナルが抑制され
糖や脂肪酸の取り込みによる脂肪細胞の肥大が
抑制されます
内臓脂肪白色脂肪細胞の話を思い出してください)


脂肪組織のgpr43の活性化の作用をまとめた図

短鎖脂肪酸はこうした
代謝促進 肥満抑制といった
重要な働きをしているので

生活習慣病にとっては
腸内細菌が短鎖脂肪酸をたくさん産生してくれた方が
好都合ですが

逆に減少すると
エネルギー消費量を減らし
脂肪蓄積の促進をもたらしてしまうので
生活習慣病のリスクになります

短鎖脂肪酸の働きをまとめた図

こうした有益な働きを有する短鎖脂肪酸を増やそうと
頑張って食物繊維を摂取しても
食物繊維から短鎖脂肪酸を産生する腸内細菌が少ない
腸内環境では
その努力は無駄になってしまうのです 

腸内細菌叢の「乱れ」が侮れないことが 
少しイメージできたでしょうか?

では 具体的な病気との関連をみてみましょう


<肥満と腸内細菌叢の乱れ>

最初に太った姉とやせた妹の腸内細菌を移植されたマウスの実験を
紹介しましたが

肥満の人の腸内細菌叢は
非肥満の人と比べると大きく異なり
エネルギー吸収効率を上昇させる細菌が占める割合が多い

また 肥満の人の腸内細菌叢の
多様性の低さも明らかにされています

太ったウンコは多様性が低いので
多様性の高いやせたウンコで置き換えることで
太ったウンコの悪影響は消失したのです


さらに
高脂肪食が
こうした腸内細菌叢の乱れ 偏りを誘導する可能性
が指摘されています

最初のマウスの実験で示されたように
高脂肪食を与えると
やせた人の腸内細菌叢の肥満を抑制する効果が
消失してしまいます

つまり腸内細菌叢と肥満の関わりは
食事内容にも大きく影響され
規定されている可能性があるのです

また減量により
この乱れが是正されるというデータもあります


腸内細菌と肥満の関係を示した図


肥満の人の腸内細菌叢に関しては
こんな興味深い事例も報告されています

クロストイジウム感染症という難治性反復性の感染症には
正常な人の腸内細菌叢を糞便移植により移植する治療が
非常によく効きますが

自分の娘(肥満者)から糞便移植を受けた女性が
感染症は良くなったものの
治療前は痩せていたのに移植後に徐々に体重し始め
移植1年半後には病的肥満になってしまったのです

肥満の人の腸内細菌叢 まさに恐るべしです


さらに以前に
肥満に対する外科手術のことを紹介しましたが

マウスの実験では
胃を縮小させる肥満手術を受けると
腸内細菌叢がやせ形のそれに近くなると
報告されています


<糖尿病と腸内細菌叢の乱れ>

糖尿病患者さんの腸内細菌叢では
*悪玉菌の増加

*短鎖脂肪酸(特に酪酸)を産生する細菌の減少

がみられます

酪酸の減少により
腸管上皮のバリア機構が破綻して
腸管内にあるLPSという炎症惹起性物質が
血中に移行し
脂肪組織や膵臓で持続的な微小炎症が起こり

この慢性炎症が
インスリン抵抗性を誘導する可能性が
考えられています

慢性炎症が糖尿病を起こさせるというアイデアは
なかなか興味深いもので
またの機会に詳しくご紹介したいと思います

腸内細菌と慢性炎症とインスリン抵抗性の関係をまとめた図

で この減少は
糖尿病を発症する以前から存在しています

それによりエネルギー吸収効率が上昇し
肥満や耐糖能異常が誘導されるのでは?と
推測されています


腸内細菌と肥満 耐糖能障害の関係を示した図

さらに
食事や治療によって腸内細菌叢が変化を起こすことも
報告されており

糖尿病を引き起こすような
動物性脂肪 飽和脂肪酸の多い食事は
短鎖脂肪酸(酪酸)を産生する細菌を減少させる

糖尿病治療薬のビグアナイドは
腸内細菌叢の乱れを是正することが
明らかにされています


<その他の病気と腸内細菌叢の乱れ>

うつ病などの精神疾患と
腸内細菌叢の乱れの関連が明らかにされています

これは脳腸相関という脳と腸管の相互作用を
腸内細菌叢の乱れが修飾しているためと
考えられています

脳腸相関の説明図


このように
さまざまな病気における腸内細菌叢の乱れが
明らかにされていますが

具体的にどのような腸内細菌が
どのような悪さをしているかは
未だ明らかにされていません

原因になりそうな現象は把握されつつあるものの
それを治療に結びつけるまでには
至っていないのが現状です
高橋医院