脳腸相関
機能性ディスペプシアや 過敏性腸症候群といった 機能性胃腸障害では 胃腸の運動障害による 膨満感 不快感などの症状が つらいのですが 前回ご紹介したように 胃腸の異常な知覚は 脳に伝えられて 脳で認識されます <機能性胃腸障害における脳の重要性> お腹の痛さは お腹で感じているような気もしますが 厳密には それはある種の錯覚で 痛みや知覚異常を感じるのは 現場の胃腸でなく 脳です また 機能性胃腸障害の病態には 消化管の知覚過敏が関与すると 説明しましたが 上述したように 知覚を感じるのは脳ですから 知覚過敏は 脳の異常によって起こってくる と考えられます さらに機能性胃腸障害は ストレスなどの社会心理的要因が 深く関わりますが ストレスを感じるのも 胃腸でなく 脳です 脳がストレスを感じると ストレスにより 生体のホメオスタシスが乱れないように *視床下部-下垂体-副腎系によるホルモン反応 *自律神経反応 を起こして それが全身諸臓器に影響を及ぼします ストレスが関与して発病する 機能性胃腸障害の消化管の運動異常は この脳によるストレス反応により 引き起こされるのです こうした脳と腸の相互影響を 脳腸相関 と呼びます <脳腸相関が機能性胃腸障害の本態である> 今年改訂された 機能性胃腸障害の診断基準(ROMA Ⅳ)では 機能性胃腸障害は *消化管だけの異常により起こるのではなく *脳腸相関により起こる病気で 消化管の異常だけで起こる病気は 機能性胃腸障害ではない と記され 機能性胃腸障害の病態における 脳腸相関の重要性が これまで以上に強く指摘されました <脳と腸管の間の情報の伝わり方> 病気がない生理的な状態でも 脳腸相関は働いています 脳と腸管は 情報を伝え合い 相互に影響を及ぼし合っていて 相互間の情報伝達は *ホルモン *サイトカイン *自律神経 *知覚神経 などにより行われ ストレス応答と深く関与しています @胃腸から脳へ 胃や腸管が伸展したときの知覚は 脳に伝わりますし 食物の摂取により 消化管ホルモンが分泌され それが脳に伝わり 食欲が制御されます また 胃腸で感染や炎症が起こると その刺激が脳に伝わります @脳から胃腸へ 脳では 消化管から伝達された情報により 変化が起こり 腹痛・腹部不快感 抑うつや不安などの 情動変化が引き起こされます 一方 脳にストレスが加わることでも そのような情動変化は引き起こされ 上述したストレス反応によっても 消化管運動の変化が誘導されます 機能性胃腸障害ではない方でも ストレスが加わると 胃が痛くなったり お腹の調子が悪くなるのは こうした理由によるものです <機能性胃腸障害の人は 脳腸相関が乱れやすい> ところが機能性胃腸障害の患者さんは 健康な人に比べると 脳腸相関が乱れやすく そのために つらい症状が出てきてしまいます 根底には 脳における消化管知覚に対する過敏性がある と考えられます 知覚過敏があるから 健康な人では何も感じない程度の消化管の動きでも 不快に感じてしまいます また 健康な人に比べて ストレスが加わったときに ストレス応答を支配する 扁桃体 前帯状回 島などの部位が 過剰に活動することも明らかにされています ですから 同程度のストレスでも 機能性胃腸障害の患者さんは 消化管症状が出やすい <うつや不安障害との関連> 機能性胃腸障害の患者さんが うつや不安障害になりやすいことも 脳腸相関の乱れで 説明することができます というのも 機能性胃腸障害の患者さんでは 健康な人に比べて 腸管の伸展で生じる 脳の視床 島皮質 前頭前野 扁桃核 前帯状回といった 情動行動に関与する領域の賦活化が 亢進していますが うつや不安障害で悩む患者さんでも 脳の同じ部位の賦活化がみられます つまり 機能性胃腸障害の患者さんと うつや不安障害の患者さんは 脳の同じ部位に 過剰な賦活化が認められるわけで それが故に両者の関連性が強い と考えられています <自律神経のバランスの乱れとの関連> また機能性胃腸障害の患者さんは 健康な人に比べると 自律神経の交感神経の働きが強く 副交感神経の働きは弱いようです この状態は 自律神経失調症の状態と類似しています この自律神経のバランスの乱れも 機能性胃腸障害の患者さんが ストレスに弱く 消化管症状が出やすい原因のひとつと 考えられます このように 脳腸相関に乱れがあるために *機能性胃腸障害の患者さんは つらい消化管症状を自覚され *それがストレスにより増悪することが多く *うつや不安障害も合併しやすい まさに 機能性胃腸障害は胃腸の病気ではなく もしかしたら 脳の方に病態の中心がある病気ではないか? だとすると 現在の機能性胃腸障害の治療は 消化管の症状を和らげる治療が中心だけれど 脳の方に働きかける治療が有効な 可能性もある? そのあたりを 次回に説明します
高橋医院