運動で筋肉は賢くなる・PGC-1α
運動により骨格筋内では *ミトコンドリアが増える *遅筋が多くなる といったリモデリングが起きますが そうした運動によるモデルチェンジに 深く関与している重要な分子が PGC-1α です <PGC-1αってなに?> この分子は さまざまな代謝系遺伝子の転写因子の 活性を制御する転写補助因子で 多くの遺伝子の転写に影響を与え 包括的な反応を発現させるマスターキーと 考えられています ちなみに転写因子は エピジェネテイクスの項でも説明しましたが 遺伝子の転写が行われるDNA配列の 直前に位置するプロモーター部位に結合し 転写を促進する因子で PGC-1αは その転写因子の働きを増強する転写補助因子です で このPGC-1αは 代謝が活発に行われている臓器 褐色脂肪細胞 肝臓 脳 心臓などに 多く発現していますが 骨格筋にも発現していて 運動により発現が増強し 寒冷刺激によっても発現増加します 骨格筋を用いて運動を行うと *短期の運動により 脂肪酸β酸化関連遺伝子発現が活性化され 脂肪酸が燃焼し *継続的なトレーニングにより ミトコンドリアの増加 遅筋線維の増加 が誘導されますが こうした効果の発現には 全てPGC-1αが関与していると考えられています そして こうした効果により エネルギーが消費され 体重が減少し その結果として メタボリックシンドロームが抑制されます つまり PGC-1αは 骨格筋が 運動により代謝調節機能を発揮できるようになるための キーポイントとなる分子といえます <PGC-1αは どのようにして働いている?> PGC-1αが 転写補助因子として活性化する転写因子は 下記の4つで 活性化された転写因子により 多くの遺伝子の発現が活性化されます @NRF1/2 *ミトコンドリア生合成の亢進 *ミトコンドリア呼吸鎖関連遺伝子の発現増加 DNA複製促進 @PPARα δ *脂肪酸β酸化に関わる遺伝子の発現増加 @MEF2 *遅筋遺伝子の発現増加 *GLUT4遺伝子の発現増加 @ERRα *脂肪酸β酸化関連遺伝子の発現増加 *ミトコンドリア呼吸鎖関連遺伝子の発現増加 また 運動により骨格筋のPGC-1α発現が増加すると 前回説明した 白色脂肪細胞の褐色脂肪細胞への分化が促進します この作用は 前回説明したように マイオカインのイリシンの作用によるものですが PGC-1αは イリシンの産生と放出を制御すると考えられています このように *ミトコンドリアの増生 *骨格筋のリモデリング *糖・脂質代謝の制御 といった 体重減少に結びつく重要な働きを有するPGC-1αですが 糖尿病の患者さんでは 骨格筋のPGC-1α発現が少ない ことが報告されています もともと糖尿病患者さんでは *ミトコンドリアの呼吸鎖複合体 代謝関連遺伝子の発現低下 *ミトコンドリアの機能障害 を認めることが明らかにされていましたが その原因は PGC-1α発現低下による可能性が示唆されます 運動によるPGC-1α発現増加により ミトコンドリアの異常が是正される ことが そうした仮説を裏付けています <どうして運動すると 骨格筋でのPGC-1α発現が増加するのか?> それには以下の経路が 主に関与していると考えられています @AMPK経路 AMPKは 細胞内AMP/ATP比の増加で活性化される セリン/スレオニンキナーゼで 運動によりATPが消費されるので活性化されます AMPKは PGC-1αの発現量を増加させるのみならず PGC-1αをリン酸化して活性化します @CaMK経路 CaMKは Ca2+/カルモジュリン複合体で活性化される タンパク質リン酸化酵素で 筋収縮にともなう細胞内Ca2+増加により 活性化されます カルシニューリンは PGC-1αを活性化します <PGC-1αの発現を増強すれば 運動しなくてもやせられる?> このようにPGC-1αは 運動による筋肉のリモデリングと それにともなうエネルギー代謝の促進を 統括的に制御する分子で しかも 糖尿病では 骨格筋のPGC-1αの発現低下がみられているため PGC-1αの発現を 増強したり活性化させる薬があれば 運動しなくてもやせることができ 糖尿病を良くすることが できるのではないか? というアイデアが生まれてきます つまり 運動しなくても 薬を飲めば運動と同じ効果が得られる いわば「運動模倣薬剤」です そんなこと 実現可能なの? 次回はそのあたりの解説をしますので 楽しみにしていてください?(笑)
高橋医院