解糖系
食物から得られた糖質のグルコースは ミトコンドリアのエネルギー産生プラントに入る前に まず解糖系で処理されます ヒトの細胞の祖先が ミトコンドリアと共生したことを説明しましたが 解糖系は 地球上に酸素がない環境で生きていた ヒトの細胞の祖先が ミトコンドリアと共生する以前から 使用しているシステムで 嫌気性エネルギー産生システム と呼ばれます しかし 酸素を利用しないため エネルギー産生効率が悪い ヒトの細胞の祖先は この自らの低エネルギー産生性を克服するため ミトコンドリアとの共生の道を選んだと考えられています さて 細胞の内部の細胞質と呼ばれる空間 ミトコンドリアや小胞体などの 細胞内小器官が存在している空間ですが そこで解糖系は働いています 食物中の炭水化物が消化され吸収されたグルコースが 細胞の中に取り込まれて 細胞質で 解糖系の連続した酵素反応により 処理されてゆきます 10数種類の酵素が関与する連続反応により グルコースに含まれる結合エネルギーが ATPに変換され 最終的には 1分子のグルコースから *2つのピルビン酸 *2つのNADH(電子の運搬体) *2つのATP(エネルギー) が産生されます この反応系で 1分子のグルコースから得られるATPは わずか2分子 確かに効率は良くありません しかし 解糖系で産生されるピルビン酸が重要で ピルビン酸が 次のステップのミトコンドリアで行われるTCA回路 の材料となります また NADHも TCA回路に連続する電子伝達系において 電子の運搬体として重要な役割を果たします つまり 解糖系の働きがなければ ミトコンドリアのエネルギー産生プラントは 働かないわけで エネルギー産生プラントで利用される材料を作る 前段階として 重要な働きをしています また 酸素を利用せずにエネルギーを作れるということは ヒトの細胞が 急にエネルギーが必要になったとき 無酸素の状況下でも 瞬時にエネルギーを作り得るということで 即時系のATP合成系 として役立つのです さらに 解糖系でのATP合成は ミトコンドリアでのATP 合成の 約100倍の速度を持つため そうした理由からも 瞬時のエネルギー供給が可能になります 但し 解糖系で作られたエネルギーは 短距離走などの無酸素運動では使えますが エネルギー産生量が少ないので 長距離走などの有酸素運動には 貢献できません さて 解糖系でピルビン酸ができますが 酸素が充分に存在すれば ピルビン酸は ミトコンドリアのTCA回路に入っていきますが 酸素が充分に存在しないと 乳酸に変換されます また 酸素が充分に存在していても 過剰な運動などにより ミトコンドリアのエネルギー産生能力を超えたエネルギーが 必要になった場合は 解糖系によるエネルギー合成が過剰に活発になり ミトコンドリアで処理しきれないほどの量の ピルビン酸が生成され その場合も ピルビン酸は乳酸に変換されます 過激な運動が続いたり 無酸素運動が続いた場合は このような機序で筋肉内に乳酸がたまるので 疲労を感じるわけです しかし 乳酸は血中に出て肝臓に運ばれ 再びピルビン酸に変換され グルコースが作られます この反応系はコリ回路と呼ばれ 体内で糖質・グルコースが作られる糖新生という現象です また詳しく説明しますが 体内では 糖は分解されるだけでなく 必要に応じて作られてもいます ちなみに ちょっと話が脱線して恐縮ですが 左利きの書き手としては この文脈でのコメントを忘れてはならないことがありまして 解糖系でピルビン酸ができて そこに酸素がないと ヒトの細胞では乳酸ができますが そこに酵母が存在していたら アルコール発酵が起きて お酒(エタノール)が出来てくるのですよ ブドウや麦やお米から 酵母の力で ワインやビールや日本酒ができてくる過程は まさに解糖系なのです! あ どうも失礼しました つい 左利きの血が騒いでしまい(苦笑) ということで 栄養素の代謝によるエネルギー産生は まず細胞質で行われる 酸素を使わない解糖系によって開始され 次のステップである ミトコンドリアでの酸素を使った反応に 引き継がれていきます 次回は ミトコンドリアでの反応の第1段階である TCA回路の説明をします
高橋医院