電子伝達系
これまで何回にもわたり ヒトが摂取した栄養素から 生命活動に必要なエネルギーが産生される過程を 詳しく説明してきましたが いよいよ その最終段階 エネルギーの本体であるATPが 実際に作られる電子伝達系の解説です <電子伝達系はミトコンドリアの内膜に存在する> ミトコンドリアは 外膜・内膜という 脂質で出来た二枚の膜に囲まれていますが 内膜には ミトコンドリアの機能に重要な 酵素群が規則的に存在しています 電子伝達系に関わる酵素群も 内膜に存在し ここでATPが産生されます 内膜は ミトコンドリアの内側・マトリックス (TCA回路が存在する空間) へ向かって陥入して クリステと呼ばれる突起のような構造をつくり このクリステにより 内膜の表面積が増大するので ATP産生のスペースが増え より多くのATPが産生できるわけです ATPをたくさん作る肝細胞や筋肉細胞は 他の細胞に比べて クリステがより複雑に入り組んでいて 内膜表面積が大きいとされています <電子伝達系はエネルギー産生の効率が良い> さて 電子伝達系 では 何が起こっているかというと これまで説明してきたように 栄養素に蓄えられていた化学エネルギーは *細胞質に存在する解糖系 *ミトコンドリアのマトリックスに存在する TCA回路 により電気エネルギーに変換され 電子によって移動していきますが 電子伝達系では この電気エネルギーが 再度 化学エネルギーのATPに変換されます (この過程の最終段階で酸素が必要になることは 既に説明しました) この過程では エネルギー産生の効率が非常に良い 解糖系では 1分子のグルコースから 2分子のATPしか得られませんが 電子伝達系では 1分子のグルコースから 38分子のATPが得られる この効率の良さが 電子伝達という仕組みによって 担われているのです <電子伝達系を構成する酵素複合体> ミトコンドリア内膜には 電子伝達系を構成する5種類の酵素複合体が 並んで存在しています *NADH脱水素酵素 *コハク酸脱水素酵素 *シトクロムc還元酵素 *チトクロムc酸化酵素 *ATP合成酵素 これらの酵素複合体が 電子の伝達を行いながら 連続して連鎖的に反応を行います *NADHからNAD+への変換で 放出された電子(e)が CoQ → シトクロムb → シトクロムc の順に伝達され *電子の移動と同時に 各反応で水素イオン(プロトン・H+)が 内膜と外膜の間の空間(膜間腔)へ汲み出されます <酵素複合体間での電子伝達により 電気化学的勾配が形成される> こうした水素イオンの汲み出しにより 内膜をはさんで 膜間腔とマトリックスの間に プロトン(H+)濃度差(電気化学的勾配) が形成されます <電気化学的勾配が原動力となり エネルギーが産生される> この内膜の内外で作られたプロトン勾配には 膨大なエネルギーが蓄えられ このエネルギーが 最終段階のATP合成酵素で ATPが作られる原動力となります つまり 内膜の外の膜間腔には 汲み出されたプロトンがたくさん溜まるので 電位が高くなり 内膜の内側のマトリックスは プロトンが少ないので 電位は低い この内膜をはさんで形成される 電位差の存在により プロトンは 膜間腔からマトリックスへと流れ込みます ダムで 水が高いところから低いところに 流れ落ちるイメージです ダムでは 水車を回転させて電力を作り出しますが 電子伝達系では プロトンが ATP合成酵素のなかを通ってマトリックスへ戻り (下図の上から下に向う赤い矢印) このときのプロトンの勢い良い流れにより ATP合成酵素の 膜部分にあるパーツが回転して 物理的エネルギーが生じます まさに 膜の中で水車が回転するイメージです そして 膜の水車に結合している ATP合成酵素のマトリックス部分で 回転で得られたエネルギーを利用して ADPと無機リン酸が縮合されて ATPが産生されるのです プロトン3個の通過で 1分子のATPが得られます その一方で 電子を運搬したプロトン・水素イオンは 呼吸で取り込んだ酸素と結合して水になり こうして電子伝達系の反応が完遂します こうして産生されたATPは すぐに核などに移動します ATPはマイナス荷電を有し ミトコンドリア内部もマイナス荷電なので マイナス同士が反発して ATPはミトコンドリアから押し出され 核はプラス荷電を有しているので ATPは引き寄せられるように移動して 核で遺伝子複製などの重要な生命現象に 利用されるわけです 電子伝達系における 連続した酸化的リン酸化反応の最終段階で 電子伝達の過程で形成されたプロトン勾配を利用して 最終的にATPが産生されるメカニズムが イメージできたでしょうか? 化学エネルギーを いったん電気エネルギーに変えて増幅して 最後にそれを再び化学エネルギーに変換することで 効率よくATPを大量に産生する こんな巧みな仕組みを開発したミトコンドリアは なかなかの知恵者です! こうした知恵者ミトコンドリアが 進化の過程で細胞内に入ってきてくれたことは 人類にとって大きな益となりましたが しかし 万事良いことづくめにはならないのが世の常で そのあたりを このシリーズの最後に解説します
高橋医院