日本免疫学会のシンポジウム
もうひとつ とても面白かったのが
大阪大学の荒瀬尚先生の講演で

大阪大学の荒瀬尚先生

スパイクタンパクのNTDに結合する悪玉抗体
に関する新たな知見を示されました


ウイルス感染が起こると
*ウイルスをやっつける中和抗体
*病態を悪化させる悪玉抗体
*何もしない抗体
の3種類の抗体ができることは 以前ご紹介しました

3種類の抗体について説明した図


@悪玉抗体で起こるADEはFcR依存性

悪玉抗体は
病態を悪化させてしまう 
抗体依存性増悪・ADEを起こします

ADEでは
マクロファージの抗体を認識するFcRが
悪玉抗体のFc部分に結合して
悪玉抗体と結合したウイルスをマクロファージ内に取り込んで
炎症反応を起こさせてしまいます

ADEについて説明した図

こうした悪玉抗体によるADEは
SARS MARSのワクチン開発で認められました


@D614G変異はスパイクタンパクの構造変化を起こす

スパイクタンパクを作る遺伝子の614番目が
DからGに変異したD614G変異ウイルスは
現在世界で 日本でも流行している新型コロナウイルスです

D614G変異ウイルスの世界流行を示す地図

このD614G変異ウイルスでは
スパイクタンパクの重合体の構造が変化して
ACE2に結合能力があるオープンなRBDが増えるので
感染力が増すと考えられています

変異による構造変化を示す図

ちなみに 医科研の河岡先生たちが
人工的に作成したD614G変異ウイルスを
ハムスターやヒトの培養肺胞上皮細胞に感染させる実験で
実際に感染力が増していることを報告されています

河岡先生たちの論文

しかし この変異にともなう感染力増強については
さまざまな異論が提出されていて
しかも幸いなことに
中和抗体はD614G変異ウイルスも抑制することが
明らかにされているので
それほど心配する必要はないようです

ここで強調したかったことは
スパイクタンパクの遺伝子の変異により
タンパクの構造変化が起こるということです 


@スパイクタンパクのNTDに結合する抗体は悪玉抗体

荒瀬先生は
新型コロナウイルスに感染した患者さんの血液中にある抗体を
網羅的に解析されたところ

スパイクタンパクのRBDに結合する中和抗体以外にも
スパイクタンパクの他の部位に結合する抗体があることを
見出されました

スパイクタンパクの他の部位に結合する抗体について説明した図


ちなみに スパイクタンパクは
外側から順番にNTD RBD S2の3つのドメインから構成され
*RBDは ACE2と結合し
*NTDは 機能が不明で
*S2は スパイクの基部を形成します

スパイクタンパクの3つのドメインを示した図


で NTDに結合する抗体の多くは
スパイクタンパクとACE2の結合に影響しないけれど
一部のNTD抗体はACE2との結合を促進することが示され
この促進効果はD614G変異による効果より大きいこと
明らかになりました

また
NTDに結合する抗体が存在していると
RBDに結合する中和抗体が存在していても
スパイクタンパクとACE2の結合が促進され
中和活性が減弱していました

中和活性が減弱していることを示すグラフ


このように
NTDに結合する抗体は
スパイクタンパクの機能を変化させて
ウイルスの感染作用を促進することが明らかになり
FcRを介したマクロファージの関与がない
新たなタイプのADEを引き起こすと推察されます

つまり NTDに結合する抗体は悪玉抗体の可能性があります


また 
こうした感染を増強させる悪玉抗体が結合するホットスポットが
NTDの一部に存在していることも示されました

悪玉抗体は このホットスポットに結合して
スパイクタンパクの構造に変化を起こさせて
ACE2が結合できるオープンなRBDを増やすのではないかと
荒瀬先生は推測されています


@患者さんでの悪玉抗体の出現動態

新型コロナウイルスに感染した患者さんでは
RBDに結合する抗体(中和抗体)と悪玉抗体の抗体値は
ほぼ正の相関を示しますが

RBDに結合する抗体が低値の患者さんでは
悪玉抗体価のバラツキが大きく
中和抗体価が低く悪玉抗体価が高い患者さんもおられます

また 悪玉抗体は
中和抗体よりも早期から出現してくることがあり
中和抗体と同様に時間経過とともに増加してきます

但し全抗体のACE2結合能は
悪玉抗体価が上昇しても
時間経過とともに低下してくる場合が多いようです

時間経過とともに低下してくる場合が多いことを示すグラフ

ですから 実際に患者さんの体内で
悪玉抗体がどれだけ悪さをしているかは
もう少し詳細な検討を加えないと
はっきりしたことは言えないかもしれません


荒瀬先生は最後に
ワクチンを開発する際には
悪玉抗体が結合するホットスポットを含まないスパイクタンパクを
用いること重要だろう
とまとめられていました


面白かったですし ちょっとビックリもしました

同じスパイクタンパクに対する抗体でも
結合する部位により
中和抗体として働くものもあれば
悪玉抗体として中和抗体を邪魔するものもあるなんて
本当に不思議です

荒瀬先生の研究がさらに発展されて
ワクチン開発に寄与されることを願いたいです

 

高橋医院