脂肪酸由来の生理活性物質
中央区・内科・高橋医院の 健康のための栄養学に関する情報 これまで 脂質に関する説明をしてきましたが 脂質は 脂肪として蓄積されたり エネルギーとして使われたりするだけでなく 体の働きにとって重要な 生理活性物質の原料になる というお話をしていきます 今日の主役は エイコサノイド です なんだそれ? と思われる方が圧倒的に多いと思いますが 健康関連の話題でよく見聞きするEPAやDHAも エイコサノイドの仲間です <エイコサノイド って何だ?> 脂肪酸からは 炎症 血管の収縮 血小板の凝集といった 炎症・アレルギーや 心筋梗塞等の心血管病変などの 病態に深く関与する エイコサノイド という生理活性物質が産生されます *炎症が起こると 臓器は傷つきますし *血管が収縮すると 血管の内腔が狭くなり *血小板は血を固まらせる細胞なので それが凝集すると 血栓という血の塊ができやすくなります 出来た血栓が 傷ついて狭くなった血管を通ると 血管の中で滞って 血流の流れを塞いでしまい 心筋梗塞や脳梗塞が起こってしまいます ですから ヒトの体は 炎症・血管収縮・血小板凝集に関わる エイコサノイドの動態を 巧妙に調節しています <エイコサノイドは どのようにして作られるか?> @原料は細胞膜の多価不飽和脂肪酸 エイコサノイドが どのように作られるかというと 細胞膜に存在する 多価不飽和脂肪酸が その原料になります 特定の刺激により ホスホリパーゼという酵素が活性化されると アラキドン酸が 細胞膜のリン脂質から切り出されて それが材料になるのです 生体膜から分離されたアラキドン酸から 複数の酵素の働きにより いくつかの種類のエイコサノイドが 作られます @シクロオキシゲナーゼ という酵素の働きで *プロスタグランジン(PG) が産生され さらにプロスタグランジンから *さまざまなプロスタグランジンのサブタイプ *トロンボキサン(TX) が産生されます @リポキシゲナーゼ という酵素の働きで *ロイコトリエン(LT) が産生されます ちなみに PGは炎症や痛みを促進しますが アスピリンやNSAIDなどの消炎鎮痛剤は PGを作るシクロオキシゲナーゼを抑制して PG産生を抑え 消炎鎮痛作用を発揮します PG TX LTは それぞれ多くの種類がありますが 種類によって 炎症 血管の収縮 血小板の凝集を 促進したり抑制したり 正反対の作用を示します このような作用の違いは 材料が *n-3系不飽和脂肪酸由来 か *n-6系不飽和脂肪酸由来 か によって生じてきます 不飽和脂肪酸に特徴的な二重結合が 端から数えて *3番目にあり 魚やエゴマ油に多いn-3系 *6番目にあり 植物油に多いn-6系 思いだしてください(笑) <n-3系不飽和脂肪酸由来エイコサノイド> αリノレン酸から エイコサペンタエン酸(EPA)が合成され EPAから さまざまなエイコサノイドが合成され また ドコサヘキサエン酸(DHA)も合成されます このDHAは脳神経系で重要な働きをし アルツハイマー病の予防にも有効と言われています EPAから合成されるエイコサノイドは 次の4種類です *プロスタグランジン PGE3 *プロスタサイクリン PGI3 *トロンボキサン TXA3 *ロイコトリエン LTB3 TXA3は 血管収縮 血小板凝集を促進し 体には不都合ですが 幸いなことにTXA3の作用は弱いので n-3系エイコサノイドは 全体として 炎症を抑え 血管収縮 血小板凝集を抑制します ですから 青魚に多いEPAをたくさん摂取していると 血液がサラサラになり 心筋梗塞などを起こしにくくなるわけです このように n-3系エイコサノイドは いわば善玉エイコサノイドです <n-6系不飽和脂肪酸由来エイコサノイド> リノール酸から アラキドン酸が合成され アラキドン酸から 種々のエイコサノイドが産生されます アラキドン酸から造られるエイコサノイドは 次の4種類です *プロスタグランジン PGE1 E2 *プロスタサイクリン PGI2 *トロンボキサン TXA2 *ロイコトリエン LTB4 アラキドン酸由来のエイコサノイドは n-3系のエイコサノイドと異なり作用が強く PGE2は 強い炎症惹起作用を有し TXA2は 血管収縮・血小板凝集作用が強いので n-3系エイコサノイドのように 血液をサラサラにする効果は期待できません このように n-6系エイコサノイドは 全体として 炎症を促進し 血管収縮 血小板凝集を増強するので 悪玉エイコサノイドと見做されています n-3系不飽和脂肪酸の摂取は 積極的に勧められるのに n-6系不飽和脂肪酸の摂取は それほど勧められないのは こうした理由にもよります 書き手が医学生の頃 薬理学の授業で プロスタグランジンの話を聞いて 生体膜を構成している脂肪酸から こんなに多彩な作用を持つ生理活性物質が 何種類も産生されるなんて すごい! と びっくりしたのを憶えています しかも 日常的によく処方される アスピリンやNSAIDといった消炎鎮痛薬が このエイコサノイドの産生系の一部を抑制することで 作用を発揮していることを知り なんとなく別世界のことのような エイコサノイドの世界が とても身近に感じられたものです それにしても ヒトの体は どうしてこんな摩訶不思議なシステムを 持っているのでしょう? 脂質の世界は 本当に奥が深いです!
高橋医院