4週間にわたって続けてきた
ミトコンドリアシリーズも
いよいよおしまいですが

最後は 
男性にはちょっと切ない話題を提供します


ミトコンドリア・イブ 

という名前を聞いたことがあるでしょうか?

ミトコンドリアは
独自のDNAを有していることを説明しましたが

現代に生きる 
できるだけ多くの民族を含む女性の
ミトコンドリアDNAの塩基配列を解析し 
さかのぼって系統樹を作製すると

ミトコンドリアDNAによる系統樹

全人類に共通の祖先となる女性
にたどり着くことができ

その女性は 
約16万年前にアフリカに存在していたこと
が推測されました

その名も ミトコンドリア・イブ


特定の女性の存在を示唆しているのではなく

その頃にアフリカで生息していたであろう女性の
ミトコンドリアDNAが
現在 世界各地に生きている女性のミトコンドリアDNAの
起源になっている 

ということです

ミトコンドリアイブが有していた
ミトコンドリアDNAが

長い年月の中で少しずつ変化して

そうしたミトコンドリアDNAを有する女性が
世界各地に広がって行って 
現在に至っている

ミトコンドリアDNAが世界に広がる過程を示した図

でも どうしてそんなことがわかるのでしょう?

それは 
ミトコンドリアDNAは 
母性遺伝するからです

親から子どもに
ミトコンドリアDNAが受け継がれるとき

母親のミトコンドリアDNAは
受け継ぎますが

父親のミトコンドリアDNAは
受け継がない


両親からのミトコンドリアDNAの遺伝形式を示した図

核のDNAは 
ミトコンドリアDNAと異なり
受精卵で母親の核DNA父親の核DNAが一緒になって
それぞれを半分ずつ受け継ぎ 
新たな核のDNAが作られます

しかし 
ミトコンドリアDNAは
受精卵で父親のミトコンドリアDNAが
排除されてしまうので

男の子も女の子も
母親のミトコンドリアDNAだけが
100%引き継がれ

しかも父親のミトコンドリアDNAと交差して
新たなミトコンドリアDNAを作るわけではないので
突然変異以外の変化は生じず 
比較的安定に保たれています

男の子も
母親のミトコンドリアDNAを引継ぎますが

結婚して子どもを作ると
自分のミトコンドリアDNAは受け継がれず
奥さんのミトコンドリアDNAが
子どもに受け継がれる

つまり
男はお母さんのミトコンドリアDNAを世に残せない

ご先祖様のミトコンドリアDNAをつないでいけるのは
女子だけなのです

ミトコンドリアDNAは女系につながることを示した図

ですから
女性のミトコンドリアDNAの塩基配列の解析により
現代の女性から女系の先祖をさかのぼっていき
ミトコンドリアイブに到達することが可能だったわけです

ということで 
悲しいことに男性のミトコンドリアDNAは
子どもに全く引き継がれない

ミトコンドリアDNAの母性遺伝を示した図

どうして
このような現象がおこるのでしょう?

そもそも 
精子のミトコンドリアの遺伝子数は
卵子の0.01%と少なく
分裂 融合 増殖能も
卵子より格段に低いそうで

遺伝子の量も増殖能も 
精子のミトコンドリアは
卵子よりかなり劣る

精子のミトコンドリアの増殖能が低いのは
卵子にたどりつくまでに
エネルギーを使いきって疲弊しているからとも言われ

うーん 男は切ないですね(苦笑)

で こんな遺伝子は
次世代につなげてもしょうがないから
精子のミトコンドリア遺伝子は排除される 
という説や

細胞にとって寄生者のミトコンドリア
無秩序に増殖 進化するのは好ましくないので
オス由来のミトコンドリアを破壊して
進化の原動力となる有性生殖をさせないようにする
という説がありますが

いずれも推測の域を出ておらず
なぜ父親のミトコンドリアが排除されるかは 
正確にはわかっていません


しかし
どのようにして排除されるかは 
かなり解ってきていて

オートファジーと呼ばれる現象が
少なくとも線虫C.elegansでは関与していることが
明らかにされています

オートファジーは
細胞が自らの細胞質で 
自分自身のタンパク質や細胞内小器官を
オートファゴソームという膜を作って包み込み
リソソームという消化器官と融合させることで
分解するシステム

自分で自分の成分を食べて壊してしまう
自食作用 などと呼ばれていますが

日本の大隅先生や水島先生が
このオートファジーの現象や機序を明らかにされ
近い将来ノーベル賞をとられるのではないかと
期待されています

このオートファジーは
飢餓の際に細胞の一部を
非選択的に分解し再利用することで
栄養源を確保するシステムとして
発見されたのですが

最近は 
さまざまな生体反応に
オートファジーが関与していることが
明らかになっています

オートファジーは
脂質等の代謝にも関与していることが
最近 明らかにされ注目されていますので
そのあたりはまた別の機会に
詳しく説明したいと思います


さて 受精直後の受精卵においては
侵入した精子の周囲に
局所的にオートファゴソームが形成され
オートファジーにより分解されますが

卵子のミトコンドリアの周囲には
オートファゴソームが形成されず
精子のミトコンドリアを選択的に取り囲むように
オートファゴソームが形成される

どうしてそうなるかというと
精子のミトコンドリアの成分が
ユビキチンという目印をつけられるために
オートファゴソームが形成されると
推測されています

オートファジーによる父方のミトコンドリアDNAの分解を示した図


で 精子のミトコンドリアは
分解されて排除されてしまい
子どもには受け継がれない

再度 
一体 どうしてこんなことが起きるのでしょう?

ヒトの体というのは 本当に不思議です


さて ヒトはなぜ食べて なぜ呼吸するのか?
という根源的な問いから
ミトコンドリアにおけるエネルギー産生について
詳しく説明してきましたが

次のシリーズでは
ミトコンドリが持つ負の側面ともいえる
酸化ストレスについて解説していきます


ちなみに
女性の祖先には
ミトコンドリアDNAの解析でたどりつけますが

男性の祖先にはたどりつけないのでしょうか?

それが 出来るのですよ

Y染色体の父性遺伝 ミトコンドリアDNAの母性遺伝を示した図

そのときのツールになるのが
性染色体のY染色体です

このあたりは 
また別の機会に詳しく解説しますので 
お楽しみに!
高橋医院